07 初仕事 (3)

 結局50回ほど斬り込み、51回目でようやく攻撃が入った。


「ここまで来ますと、最早天才としか言いようがありませんね…」

「やめてください、そんなこと言わないでください。アルスが調子に乗ります」

「ねえベイン、俺って天才なんだね!」

「違うぞ。お前は正真正銘のバカでアホだ」

「そんなハッキリ言わないでよ!」

「言わなきゃお前はダメだろうが!」


 後ろでガヤガヤやっている中、ユージンは1人考えていた。

 これは、能力を消す前に矯正をしなければならないのでは? と。


 このまま能力を消してもドジや空振りが直らなければ、またすぐに能力として発現してしまいかねません。

 くっ…初仕事から厄介なものが来ましたね……!

 腹を括って一肌脱ぎましょうか!


「アルスさん、これからこの短い時間の中で私がみっちりしごきますので、準備はいいですね?」

「え、え? しごっ、え? ちょっエルナ、ヘルプ!」

「頑張りなさい」

「ベイン!?」

「おー頑張れー」

「アナァ!」

「助けるとでも?」

「だよね!」

「さあアルスさん、始めましょうか」


 扉の部屋に悲鳴と共に鈍い音が響き渡った。


 * * *


「20回に1回の確率で当たるようになりましたね」

「ドジの回数も20回に減りました」

「大いなる進歩です」

「このままいけば……!」

「そんなに成長してるか?」


 後方で伸びているアルスをよそに、ユージンとエルナでアルスの成長を喜んでいると、ベインに冷静にツッこまれた。

 ベインがそう言うのも無理はなく、実を言うと攻撃が入っているのは全て停止しているものであって、動いているものは未だに当てられていないからだ。

 先ほどと同じようにファイアーボールを浮かべているが、静止しているのものには大丈夫だが、動いているものにはなかなか上手く気配がしない。

 動くものには何も無いところでコケる、もしくは剣が手から抜けるなどのドジを踏み、やっと入ったかと思ったら空振りだったということも重なり、そこに関しては全く進歩していないのだ。

 すると、アルスが突然パッチリと目を開け、動物のように威嚇し唸り始めた。


「ゔゔゔっ! もう許さないぞ! あんなに酷くすることないじゃないか! 俺もう嫌だ!!」

「あっ、アルス、待ちなさい!」


 アルスは訓練の厳しさに耐えられなくなったのか、剣を投げ出してユージンたちがいる場所とは反対の方向に向かって走り出した。


「ダメですアルスさん! 戻ってきてください!」


 実はこの空間は、果てというものが存在しない。どこまでもどこまでも続いていくため、真っ白な壁の終わりが見えないのだ。

 もちろんユージンは《異次元の扉》を持っているから元の場所には戻れるだろう。だが、対するアルスはその能力を持っていないから、もしもの時はどうすることも出来ない。


 頼みますから逃げるのだけは絶対にやめてください!


「皆さん、絶対に、絶っ対にっアルスさんを見失わないでください! その瞬間、捕まえることが出来なくなります!」

「「「はい(おう)!」」」


 このまま逃げるようであれば多少怪我をさせてでも捕まえましょう。この空間では死にませんし、カルギエド様も許してくれますよね! そうでないと困りますから!


 * * *


 アルスを追い続けて約1時間。

 ようやくアルスもペースダウンし始め──途中ズッコケながらも──差は残り100mほどにまで縮まった。

 しかし、ペースが落ちたのはアルスだけでなく、元々後衛職であるアナやエルナにも限界が来ていた。

 ベインはピンピンしている。もちろんユージンもだ。


「こっ、来ないでよー!」

「来るなと言われて行かないヤツがどこにいんだよ!! さっさと諦めろや!!」

「嫌だああああああああああああっ!!!」

「ベインさん、ちょっと…」

「あ?」


 ベインにコソコソっと思いついた作戦を話し、彼が手を翳した後、ユージンは一気に加速した。それを見たアルスはギョッとすると、落ちていくペースを無理に上げようとした。


「アルスさん、歯を食いしばってください」

「へ? ぎゃあ!?」


 しかし間に合わず、すぐ後ろにまで迫っていたユージンの回し蹴りを見事に喰らった。

 ゴスッと鈍い音がしたが、それどころでは無いので無視した。

 吹き飛ばされないように瞬時に手を掴み取り、ユージンは気絶したアルスをゲットする。


 捕獲完了です。しかし、思いの外上手くいきましたね。


「よくわかったな。俺が強化魔法使えるって」

「わかっていなければ、アルスさんがドジで空振りばかりするなどわかりませんよ」


 先ほどベインさんに話した作戦はこうです。

 事前に私は皆さんのステータス構成を知っていましたから、ベインさんが強化魔法を使えることを知っていました。そこで、ベインさんに強化魔法で脚力を強化してもらい、加速した私が回し蹴りで気絶させる、ということです。


「ちなみに言えば、全員の能力がわかっていますよ」

「うわっ、マジかよ」

「マジです」


 ユージンはニコニコと笑いながら、伸びたアルスを引きずって戻った。


 後方で「黒っ」と聞こえたのはきっと気のせいですよね。


 その後エルナとアナと合流し、《異次元の扉》を発動させて元の場所まで戻った。

 途中で「どういう力?」と聞かれたが、面倒なので言わないでいた。


「ん……んあ?」

「あ、起きたぜ」


 アルスが起きると、ユージンは彼の前に仁王立ちして言った。


「アルスさん、仮にもあなたは次の世界では勇者になるんですから、そんな有様では困りますよ」

「勇者!? 俺が!?」

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