第16話
新創刊のブライダル雑誌は、いくつかの大手の書店の店頭販売をすることになった。販売促進部が主導で、その手伝いに駆り出され、なぜか会社のロゴの入った真っ赤なエプロン。
「神崎さん、奥からショッパーもらってきてくれない?」
販売促進部の営業さんから言われ、書店のアルバイトの方からショッパーの入っているダンボール箱を渡された。
「お、重いっ」
「あ、すみませんね、神崎さん!」
歯をくいしばりながら運んでいると、慌てて店頭にいた営業さんが手伝いに来てくれた。スーツの上着を脱いで、私と同じように真っ赤なエプロンをつけた営業さん。名札には、『坂本』と書いてある。
遼ちゃんと同じ苗字だ。
変なところにひっかかる私。
「こ、こんなに重いと思いませんでした」
額ににじんだ汗を、ハンカチで拭き取る。
「いやぁ、こんなダンボールで渡さなくていいのに」
営業の坂本さんも苦笑い。
「これ、一袋にだいたい百枚入ってるんだよね。だから一箱だと……千枚? さすがに今日は千冊も売れないと思うんだけどねぇ。というか、千冊も入れてないし」
「あ」
「ククク、まぁ、ダンボール開けるの面倒だったのかもしれないけど……ねぇ?」
「あはは」
笑うしかない。
実際、新創刊の表紙が、兵頭乃蒼と遼ちゃんの写真だったせいか、思ったより売れ行きがいい。若い女性たちが、立ち読みをし、雑誌を手にレジに向かってくる姿を見ると、うれしくなる。
「こうやって店頭でお客さんが本をとってくれるのを見るとね」
立ち読みしている女性たちを、優しい目で見る坂本さん。
「俺たちの本で、少しでも幸せになってくれるといいなぁ、って思うんだよね」
うん。私もそう思う。
「ま、俺たちが作ったんじゃなくて、編集さんや、広告とってくる営業さんたちが頑張った成果だけどね」
照れくさそうに笑う坂本さん。
「あ、普段来れない現場に来たんだし、せっかくだから記念撮影しとこう!」
「はい!」
お世話になった書店の店長さんと、坂本さん、そして私。手には兵頭乃蒼と遼ちゃんの写真の表紙のブライダル雑誌。
私も頑張ってるよ。遼ちゃん。
L〇NEで遼ちゃんに送ってみた。雑誌を持った私の画像をつけて。
『売れてます!』
まぁ、すぐには反応ないだろうな、と思ってスマホをバックに戻そうとしたら、思いのほか、すぐに返事が来た。
『僕、かっこいいでしょ?』
……はいはい、かっこいいです。
なんかムカツク。
しかし、そこは大人な対応をしなくては、ということで、親指たてたスタンプで返信すると、すぐさま、既読とともに、なぜか、遼ちゃんのキャラクタースタンプが返ってきた。
薔薇を抱えた王子様キャラ。
さすが俳優。そういうのあるのね。
ちょっと呆れながら、そのままスマホをしまった。
翌日、あのダンボールのおかげで若干筋肉痛を覚えたものの、通常業務に戻った私。
「昨日、どうだった?」
相変わらず、パソコンからは目を離さず話しかける本城さん。
「楽しかったです! 現場なんて行かないから貴重な体験でした!」
「そうだよなぁ。こうやって机の前で数字いじったりしているだけじゃ、自分が何売ってるかなんて実感わかないだろうしなぁ。」
資料をファイリングしながら、優しく微笑む笠原さん。
実際、あんなに雑誌が重いものだなんて知らなかったし。あ、これも筋肉痛の原因の一つだわ。
「記念に写真撮ってもらいました!」
「お、どれどれ、見せてみろ」
店頭で店長さんたちと一緒に写ってる画像。自分も満足そうな顔して写ってる。
「お、坂本じゃねぇか。」
びくっと反応したのは本城さん。
「……ふーん。元気そうだった?」
「はい? えぇっと。たぶん、元気だったと思います。」
「そう」
なんとなく歯切れの悪い本城さん。
「お知り合いですか?」
「俺たちの同期だよ。部会とかないと、なかなか会わないけどな。」
いつも通りの二人だけど、なんとなく微妙な空気。私もそんなに鈍感ではないつもりだけど、これ以上は何も聞けない雰囲気だった。
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