第14話

 この状況に、ドキドキが止まらない。


「美輪さん」


 頭の中がグルグルしてる。


「美輪さん?」


 こ、声も出せない。


「おーい、美輪さーん」


 むしろ、なんで、こいつは冷静なんだ?

 ああ、そうか、こいつは人気俳優、何度も経験してるか。


 ちゅっ


「!? な、なにすんのよっ!」


思い切り、遼ちゃんを突き飛ばしたんだけど、私のパワーくらいでは対して飛ばされるわけもない。玄関先でたたらを踏む程度。


「うわっ!」

「ばかっ!」

「ごめーん。あんまり美味しそうだったんだもーん。うふ。ご馳走様♪」


 この言いざまに、がっくり力が抜ける。イケメンでも、もうちょっと雰囲気とか考えて、キスしてほしかった。


 ……?

 ……ん?

 ……私、キスしたかったの?


 自分の気持ちがわからなくて、呆然として、今度は涙が出てきてしまう。


「う、う、うーーーーー」


 堪えようとして、変な声になる。


「え、え、えぇぇぇ。美輪さん、そんなに僕とのキス嫌だったの?」


 遼ちゃんも泣きそう。


「うー。わかんない」

「わかんないって」

「だって、なんでもかんでも突然すぎるんだもん……うううー」

「……ああ、ごめん」


 なぜか王子降臨。


「ごめんよ。僕が急ぎすぎたね」


 よしよし、と頭をなでる遼ちゃん。


「でも、あんまり時間がなかったから」


 時間?……んっ!?

 時計を見ると、すでに一時を回ってる。


「りょ、遼ちゃん。で、電車ないよ?大丈夫?」


 慌てだす私を面白そうに見る遼ちゃん。


「ふふふ。大丈夫。美輪さんとこ、泊まるから」


 なんですと!? 

 思わず、身体が固まる。


「ていうのは、嘘。僕……このマンションの住人ですから」


 こ、こんな狭い間取りしかないマンションに?

 人気俳優の相模 遼が?


「まぁ、なんていうの? 隠れ家? 台本とか集中したいときにいいかなぁって」


 ……なんか、あざといんですけど。


「だいたい、エントランスからエレベーターホールにいけるのは鍵持ってるからに決まってるじゃない?」


 言われてみれば、そうでした。


「今日は、もうちょっと早い時間に会いたかったんだけどな。美輪さん、忙しいみたいだったし」

「ご、ごめん?」


 自分で言っておいて、なんで私が謝ってるんだろう。


「実は明日からまたしばらく撮影なんだよねー。だからちょっとだけパワーもらえたらなぁって思って」

「はえ?」

「だから……もう1回、キスしよ?」


 その美しい顔で、近寄らないでよぉ。


「い、嫌」

「……どうして?」


 不思議そうに聞く遼ちゃんは、天使のようです。

 ムカツクほどに。


「り、遼ちゃんは、じ、女優さんたちと、何度もキ、キスしてるかもしれないけど、わ、私はっ」


 顔が赤くなるというのを、今日ほど実感したことはない。

 そして、遼ちゃんの顔が、なぜか喜びに溢れている風にも見えるのも。


「美輪さん」


 遼ちゃんは、私を抱き寄せた。


「もしかして、ちゃんとしたキス、初めてだったの?」


 耳元で囁く。

 子供のころ、遼ちゃんにペロっと舐められたのが、私のファーストキス。

 この年で初めてのちゃんとしたキスってだけでも恥ずかしい。


「かわいいなぁ」


 ゆでだこ状態の私を強く抱きしめる。


「も、もう離して……く、苦しいっ」


 そして、もう一度甘く囁く。


「てことは、バージンってことだね」


 ……ドスッ!


「うっ!」


 私の非力なパンチ、見事に遼ちゃんのお腹に命中した模様。

 こんな蹲る姿は、ファンには見せられないよね。


「出てって。出てかないと警察呼ぶよ。それとも……一馬呼ぶ?」


 どうも一馬のほうが困るらしい。

 すごすごと遼ちゃんは部屋から出て行った。

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