第12話

 卒業と同時に、大学時代から住んでいた学生会館から、今のマンションに引っ越してきた。駅から少し歩くけど、会社のある駅まで三駅だったら全然近いと思った。家賃はちょっと高いな、と思ったけど、場所やセキュリティとか考えたら、これくらいが妥当かなと。


 駅前のコンビニで、から揚げと牛乳買って、家に向かう。野菜不足だよなぁと、思いながら、とぼとぼと歩く道は、人通りも少ない。

 そろそろ見慣れているはずの、街灯のポツンポツンとついた通りは、マンションまで繋がっている気がしない。


 あの角を曲がれば、と思った時、ふと、誰かにつけられてる? と感じた。

 歩くペースを変えずに、肩から下げている鞄のショルダーの部分をギュッと握った。足音が聞こえるわけでもないけど、なんとなく不安を感じたのだ。


 鞄の小さいポケットからマンションの鍵を出して握った。

 あの角を曲がったら、もうマンションは目の前。そのままのペースで曲がってから、猛ダッシュ。

 この時ほど、通勤用のスニーカー履いててよかったと思ったことはない。


 マンションのエントランスに入り、すぐに鍵をあけてエレベーターホールへ向かう。久しぶりに全速力で走ったから、息があがる。

 こういう時に限って、エレベーターは最上階まで行ってしまってる。


 さすがに、鍵がなければこのマンションには入ってこれないだろう、と思って、ふっとエントランスホールを見ると、グレーのパーカーにキャップを被った背の高い男が、鍵を使って入ってきた。


「な、なんだ。同じマンションの住人か」


 一人で何焦ってるんだ、と苦笑いしながら、やっと来たエレベーターに乗り込んだ。

 私の部屋のあるフロアの『5』のボタンを押す。さっきの人は、乗るのかな、でも、ちょっと怖いし、と、すぐに『閉』のボタンを押してしまった。


 ゆっくりと閉まっていくドア。


 ガツンっ


「キャッ!」


 さっきの男が、閉まる瞬間に手をいれてドアを止めると、無言で乗り込んでくる男。あんまり怖いものだから、見上げることもできなかった。

 それでもなんとか声を震わせながら、「な、何階ですか?」と聞いたのに、何も答えず、奥の方に立つ男。


 ひ、ひえぇぇぇ。こ、怖すぎるっ!

 たとえ、ぽっちゃりで男に興味もたれなかろうとも、怖いものは怖い。


 早く、早く、早く……!


 後ろの男は、何をするでもなく、微動だにしない。


 それが余計に怖い。


 ヴルルルルル ヴルルルルル


 スマホの着信の振動音。慌てて、鞄をあけてみるが、私のではない。


 ヴルルルルル ヴルルルルル


 早く出ればいいのに、男はずっと鳴らしたまま。

 ようやく五階に到着し、速足で自分の部屋の前へ。あの男も五階で降りたみたいだけど、ちょうど反対側のほうに歩いていく。

 手が震えて、なかなか鍵が入らない。


 し、深呼吸しよう、深呼吸!


 大きく息を吸い込んで、思い切り吐き出して、鍵を差し込む。よし、入った!

 ドアを開けて部屋に入ってすぐに鍵をかけ、チェーンもつけた。


「こ、怖かった」


 薄ら、目に涙を浮かべながら、その場にしゃがみ込んだ。

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