第11話

 うちの会社では残業が当たり前。といってもブラックなわけではなく、みんな『仕事が好きで仕方がない』という人が多い。こんな時間でも時々、内線が鳴ったりする。

 午後九時近くになっても、フロアには人影がちらほら。うちのチームもそう。

 楢橋さんは接待があるから、と、早々に会社を出たけど、二人の先輩はまだパソコンの画面とにらめっこ中。

 私は、ちょうどキリのいいところまでできたので、そろそろ帰ろうかな、というところ。


「神崎さん、キリがよければ、もう帰ったら?」


 パソコンから目をはずして、ニッコリ笑う本城さんも、ちょっとお疲れのご様子。


「はい、お二人は?」

「私は、もうちょっとかかるかなぁ。」

「あ、俺も。明日使いたい資料が、まとまらん!」


 うがぁぁっと叫びをあげる笠原さんを、うるさいっ! と叱る本城さん。ベストカップルだわ~。


「……なんか今、変なこと思ってない?」


 冷たい視線の本城さんに、一瞬、固まる私。

 ……ワタシノココロガヨメルノデスカ……


「あ、あの。でしたら、コーヒーでもいれてきますよ。」

「お、わりぃ」

「いえいえ。何もお手伝いできないんで、これくらいは……」


 苦笑いしながら給湯室に逃げ込んだ。実際、今の二人の仕事に手を貸せないから、仕方がない。

 インスタントのコーヒーもあるんだけれど、頑張ってるお二人にはちゃんとコーヒーメーカで入れたい。コポコポと音をたてながら、給湯室はコーヒーの香りで充満する。この香りをかぐだけで、なんとなく幸せな気分になる。

 食器棚から、二人のマグカップを見つけて取り出す。笠原さんのはちょっとゴツくて大き目の黒、本城さんのは白地に猫の足跡が描かれた物。


「はい、コーヒーです」

「ありがとうねぇ」


 パソコンの画面から目を離さずにマグカップを受け取る本城さん。


「おい、気をつけろよ。本城」

「はいはい」

「あ、笠原さんも。」

「お。サンキュ。」

「それじゃ、申し訳ないんですがお先に失礼しま~す。」

「お疲れ様~」

「お疲れ様~」


 二人の声が重なる。思わず顔を見合わせ、笑い合う先輩二人に見送られながらフロアを出ていく。ついつい、私の方もニヤニヤしながらエレベーターホールに向かった。





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