第8話

 翌日の講義はまったく耳に入ってこなかった。ランチのこと考えたら、緊張しちゃって、先生の話に集中できなかったんだもの。

 お店に着いてみると、ちょうどランチタイムのピークが過ぎたのか、空席が目立つ。

 きょろきょろと店内を見渡していると、マナーモードのスマホが揺れた。


『奥の席にいるよ』


 遼ちゃんからのメッセージ。

 見上げると、奥のほうで片手をあげて、おいでおいでしてる遼ちゃんを発見。サングラスしかしてない。パスタが美味しいってクチコミで見てたけど、店内は女性客ばっかり。こんなところで、私なんかとランチして大丈夫? と思ったけど、私じゃ、逆に何とも思われないか、と苦笑いが浮かぶ。


「遅れてゴメン」

「いいよ、僕もついさっき来たところだから」


 サングラスをはずし、台本らしきものを鞄にしまいながら、にっこり笑った。

 ううう、ダメだよ、そういう王子様スマイル。


「ここ、パスタも美味しいんだけど、僕、ここのスイーツが好きでさ。」


 キラキラした目でメニューをめくりながら、どれがおすすめか説明してくれた。こんなところで、美味しいものが大好きな昔の遼ちゃんを発見。思わず、笑みがこぼれる。


「ん? 何? 僕、なんか変?」


 訝し気に私を見る。


「いやぁ、なんか、懐かしい遼ちゃんを思い出させてもらったんで」

「僕、基本、変わってないと思うけど。外見以外は。」

「そうだね。ほんと、王子様になっちゃったねぇ」


 しみじみ言うと。


「ふふふ。がんばったもの。誰かさんが、王子様に迎えに来てもらうんだ! っていうから」


 ……はい?


「まぁ、迎えに行くのは、予定よりはちょっと早かったけど。」


 ……はい?


「……わかってる?」


 完全に固まりました。御冗談でしょ、王子様?


「あ、これ、おすすめね。デザートは……これ。」


 遼ちゃんがどんどんメニューを決めていくのに、呆然としてる私。何いってるの、この人。


「おーい。美輪さーん。生きてる?」


 はっ、として気が付くと目の前には、クリームたっぷりのカルボナーラ。


「好きだったでしょ? カルボナーラ」

「……う、うん」


 相変わらず呆然としてたけど、食い意地がまさって、自然と口に運んでしまってた。うん、美味しい。

 それからは、黙々とパスタと格闘。美味しくてフォークが止まらない。美味しいものを食べると、ついつい、笑顔になってくる。

 そんな私を、眩しげに見ている遼ちゃんに気付く。


「……美味しいよ?」

「うん。知ってる。」


 ふいに、遼ちゃんが手を伸ばしてきた。

 なに? と思って身をひこうとしたけど、遼ちゃんのほうが早かった。

 口元についたクリームを親指でなぞり、クリームをなめた。


「ふふ。やっぱり、美輪さんの口元、美味しい」


 ……妖艶王子め。


「か、揶揄わないでよ。」


 顔をひきつりながら、身をひくと、ニヤっと笑いながら、じっと口元を見る遼ちゃん。


「うううううう……あんまり意地悪言うと、一馬に言いつけるよ」

「うわ、それは勘弁」


 普段の遼ちゃんが戻ってきた。こういうのを見ると、やっぱり役者さんなんだな、と思う。


「でも……『迎えにきた』のは本気」


 目を大きく見開いて遼ちゃんを見た。これは、演技?

 クスっと笑った遼ちゃん。


「ようやく会えたんだもの。時間はいくらでもあるし。美輪さん、僕のこと、考えて」


 私、夢見てるの? 揶揄われてる? 全然わかんない。

 呆然とする私を、遼ちゃんは相変わらず眩しげに見ている。


「覚悟してね」


 ニヤリと笑うその顔は、意地悪にみえて、それでもやっぱり王子様なんだな、ってつくづく思った。

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