第2話

 撮影は順調に進み、いったん休憩。主役の二人は控室に戻り、我々エキストラだけが教室に残った。


「ここっていわゆる廃校だよね?」


 平日なのに我々しかいない風景には、違和感を覚えながら、一馬に聞いた。


「そうそう。ほら、子どもの数が減ってるから、学校が余っちゃって。もともとは中学校だったんだけど、統廃合して、建物は残ってるんだって。」


 ペットボトルの水を飲みながら、軽く説明してくれた。


「へぇぇっ」


 教室の中をきょろきょろしていると、前方の廊下の扉がスーッと少しだけ開いた。その隙間には、パーカーにサングラスをかけた相模。なぜか、おいでおいでしている。


「……一馬」

「ん?」

「あれ」


 指さすと、意地の悪そうな笑顔の一馬。

 なぜか、ギクっとする相模。


「しょうがねぇなぁ……美輪も一緒にくる?」


 これまたいっそう、意地悪な笑顔で私の腕をとる。


「え、え、え? いいの? 行っても。」


 あんな王子様みたいなイケメン、間近で見られるチャンスはない! と、ミーハーな気持ちに負けて、ついていくと、真っ青な顔で慌てふためく相模。

 ……なぜか既視感。


「よお、何隠れてんだよ」

「か、一馬くん、ひ、ひどいよ~」


 え。


 え。


 え。


 え~。


 あのイケメンがこの弱腰。な、なぜ?


「何がひどいだよ。俺だって、仕事できてんだよ。だいたいキャスティングされてたの知らないし。」

「だって~、言っちゃいけないって言われてるし~。」

「それと、お前、そのしゃべり方ダメ。今、仕事中だろ。イメージ壊れる。」

「一馬く~ん」


 王子様が……王子様が……オカマになってる……。


「あ、美輪、こいつ、芸名相模遼、本名坂本遼さかもとりょう。覚えてない?」


 ……。


 ……。


 ……。


 えーーーーーーーーーっ!


 分厚いメガネをかけて、チビでおデブちゃんだった、あの遼ちゃん!?


「ご無沙汰してま~す」


 頬をピンクに染めながら、サングラスをはずして、挨拶する姿は、まったく面影がない……。


「……」

「あ、完全に固まってる」

「えー、美輪さん、美輪さん。僕のこと、忘れちゃった?」


 ……いいえ。忘れるわけないでしょう。

 私のファーストキスの相手なんだから。


 あの既視感を覚えたのは、子供のころ、よく遼ちゃんが、何をするにも慌ててた姿とだぶったせい。今ならわかる。


「なんか……イケメンになっちゃったね」


 ほ~っ見惚れてると、


「えへ。美輪さんにそう言ってもらえると嬉しいっ!」


 キャハッ、という声が聞こえそうな喜びように、若干引き気味の私。


「ふん」


 鼻を鳴らして隣に立つ一馬。


「美輪さんは、昔と変わらないね」


 優しげに笑う顔に、昔のおデブちゃんだった遼ちゃんが重なる。


「えー、それって、相変わらずデブってこと~?」


 ……まったく、腹黒一馬め。思いっきり、お腹をどつく私。


「すごいね、ゴールデンだって?がんばってね」


 そろそろ撮影再開の雰囲気を感じ取った私は、ニッコリ笑って、一馬を座席にひっぱっていった。






「一馬、知ってたの?遼ちゃんのこと?」


 席に戻ると、こそこそと話をする私。


「たまに現場で一緒になることはあったよ。まぁ、俺はバイトの延長だけど、ヤツはちゃんと仕事だしね」


 椅子の背もたれに寄りかかりながら、ぼそぼそと話す。


「でも……すごい大人っぽくなっちゃったね……」


 私が知ってる遼ちゃんは小学校の低学年の頃。同じ通学班で、私の後ろを歩いてた。あの小さかった子が、こんなに大きくなって……と、母心が芽生えてる。

 実際、大人っぽくなってても、私よりも二歳下。一馬よりは二歳上だけど、あの態度じゃ、どっちが年上かわかったものではない。


『これから、ドラマ見る目が変わっちゃうなぁ……』


 演技をしている遼ちゃんを見てると、あの頃のかわいいおデブちゃんを想像できない。


 気が付かなかったら、ずっと『王子様』だったんだけどなぁ……。

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