第6話 宛名の不明なラブレター

 わたしは数年前、愛されることを求めてTwitterに登録した。

薬を断薬して統合失調症の陽性症状がひどくなったかつてのわたしは、友達がいなく恋人もいない孤独とういう名の鬱状態を振り切るようにTwitterの中で架空の男性像を作りその男性への恋慕や痴話物語をつぶやいていた。病気の症状で朦朧としていたわたしによってTwitterの中で語られる話は現実ではないのに、その時のわたしにとってはリアルあり真実だった。


 “いつか家族のような恋人が迎えに来てくれる”そう思い、願い、今は孤独で現実に仕事などうまくいってなくても大丈夫だとつぶやき続けた。わたしの発言を他者に見られて変だと批評されたくなくてオールブロックしてまで呟いた。


 陽性症状が酷くて自己コントロールができず、仕事ももう無理だと追い込まれた時、やっと服薬を決心した。そうして薬を飲んだら急に我に返り、架空の痴話物語を語ってた自分に恥ずかしさと寒気を感じて一時Twitterを閉鎖した。


 だけれども、呟くというのは自分の心を慰めるのにとても良かった。誰かに見られるのは恥ずかしかったが、わたしのつぶやきを好きだと思ってくれる人がこっそりと覗いてくれたら!というドキドキ感もあった。そして呟きながら自分の心を整理でき、その時、受け止められなかったことや幸せに感じたことを振り返るのに適していた。また誰かに読まれることも意識するので、言葉遣いや考え方を柔らかくするように心がける練習にもなった。


 ひと時の楽しみと、自分を顧みる為に、

また、Twitterを再度登録した。

今度は鍵をかけずに、そして統合失調症特有の症状が出てしまうこともあるので、きちんと“統合失調症”であることを明記した。以前は拒否していた他のTwitterの方との交流も思慮に入れての再登録だった。


 Twitterを始めてフォロワーさんも徐々に増え、フォロワーさんとの交流もそれとなくして落ち着いてきた頃、ラブレターという機能を知った。

面白そうですぐにラブレターという機能に登録した。

そしたらすぐに匿名でラブレターが来るようになった。


 毎日最低一通くる。時間帯もほぼ同じで、わたしが読んで返信をした時間帯に次の日も届く。とてもまめな方だ。誰かは検討がつかない。それに同じ方とは言い切れない。


言葉は温かく優しく、時に熱烈で舞い上がってしまうほど愛情がこもっているのに、


その分、名前さえ分からないのが苦しくなっていく。


言葉の数だけ、満たされて、

でも、その後でありえないほど孤独に襲われる。


わたしはたまらずに、相手に直接ダイレクトメールを頼んだり、もっと仲良くなりたいとほのめかしたりした。


(彼氏がほしい彼氏がほしい彼氏がほしい…

 彼氏が欲しい彼氏がほしい彼氏がほしい…

 愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい…

 愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい…

 愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい…

 愛されたい愛されたい愛されたい愛されたい…

 自分は大丈夫だと思いたい…安堵したい…。)


ラブレターの数だけ“もっと欲しい”という

欲望が沸き、虚無感に教われ孤独感が増してしまう。


頭がぐるぐると目眩がし、心がきしむ中、柔らかく…声がした。



『…あなたはふっと優しく笑ったんだ…』※1



 そういえば、無意識に逃げるように再生ボタンを押してあったんだ。

そう、米津玄師さんが歌っていた。


(なんて、セクシーな男性の声色だろう…。)


ぼーっと聴いていた。

清らかで身を綺麗に洗い流してくれる優しい冷雨を浴びるように…

歌声のシャワーをすーっとかぶった…。

びしょぬれ、

頭の上から爪先まで……。


『どうか騙しておくれ 「愛」と笑っておくれ

いつか消える日まで そのままでいて…』※1


見えないラブレターの相手の顔を、

その届かなさの悲しみを、

米津玄師さんの情熱的な声で覆い隠そうとした。


なんで、この方は、雲の上の人で届かないのに、

声だけお金で買えるんだろう…。

恋なんてできる相手ではないし、

愛しい相手がいないから、余計心がき乱される。


 でも、数ヶ月前のわたしは、

それ―つまり心が狂おしいほどに米津玄師さんを求めて愛してしまうこと…そしてそれが叶わない苦しみを受けること…を理解して米津玄師さんのCDを欲しがった。

それに今までは自分に自信がなく自分が恥ずかしいから米津玄師さんとは向き合いたくなかった。

でも、辛さに耐えきれなくて、

米津玄師さんの音楽に救いを求めた…。



 …だけど、こうして米津玄師さんの創造する心の世界へ旅をさせてもらえて、

ぐちゃぐちゃで希死念慮をもつ自分を、明るい方へ向かせてもらい慰められた。


“幸せだ”

とその度に何度感じたんだろう…。


「…愛してる。」


孤独と虚無感を隠すように、無理やり唇を重ねたいとか

今はもう考えてない…。


もし、悲しみにくれたら…

少しでも腕をひいて支えてあげたい。

もし、幸せならもっと幸せになれるよう祝福したい!



 心を整理して…


ーーーーーー


前略

近そうで遠すぎる、ラブレターのあなた様へ、

こうやって芸能人へ好意を寄せて

あなた様とこれ以上向き合えない孤独から逃れてる弱いわたしです。


もし、少しでも強くなれたら、

あなた様にもっと深い愛情と幸せをお届けできるようになりたいです!


いつか、傍で肩を寄せあえたらと思うのですが、

このように距離があっても、

あなた様が幸せになれるなら、なんでも望みたいと思います。


まだまだ足りないですが、

精一杯の愛です!


かしこ


ーーーーーー




 時は流れて…アルバム『BOOTLEG』をリピートして2周目に突入していた。


『もう一度

遠くへ行け遠くへ行けと

僕の中で誰かが歌う

どうしようもないほど熱烈に

いつだって目を腫らした君が二度と

悲しまないように笑える

そんなヒーローになるための歌…』※2


米津玄師さんの力強い歌声が聴こえる…


…つよく強く…

きっとなろう……!

米津玄師さんへの恋慕が、趣味も楽しみも全く持てないわたしに心の想いを描かせる幸せへ導いてくれたのだから。


※1 米津玄師さんの『春雷』からの引用。

※2 米津玄師さんの『ピースサイン』からの引用


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