File0006 絆

電子記録員

 世界はこんなにも愛と絆であふれている。

 最近彗星のように現れた新人作家の小説のキャッチコピーだ。姿を消した友人を探す旅の中で、出会った人から感銘を受けて友人の夢を果たしていくという物語だ。

 タクシーでの長い移動時間、IA電子資料館にたどり着くまでの暇つぶしで読んでみたが、なるほど、主人公と友人の愛と絆が濃厚に描かれているので十分感動作とは言えるだろう。後書きには友人の夢を追うという部分までは実体験で、何かを残したいという思いから自分の小説を書いたのだと作者はいう。

 この小説にも描かれているが、遺伝子をはじめとして人間とは後世に自分の生きた証を残したくなるものなのだ。生きる根源でもあるのだろう。それは電子記録員になってからはひしひしと感じることであった。

 人が筆記や描画や撮影や録音などの手段を使って記録をするのは、今この瞬間の、目の前の出来事を留めておくためだ。

 人が美術品や文学、映画などの作品をつくるのは、自己表現を通して誰かの心に訴えるためだ。

 人は情報に囲まれて学び、感情を覚え、判断し、選択し、ひいては人格をつくりあげる。

 Webページはおろか、古文書や古地図といった考古資料や遺跡、文化財、文化遺産、民話伝承、地図、文書、出版物、美術品、芸術作品、博物資料、自然遺産果てには街の風景にいたるまで、インターネット上で誰でも閲覧できるようにした電子資料データベースは、人が生きた証を残し知りたいという当然の要求と権利に応えるために作り上げられたのだ。

 電子資料データベースは、女神ソフィリアノの日記帳クラウドのように、記憶をサーバに書き綴る。サーバはいつでもどこでも誰にでも、誰かが伝えたい、と思ったものすべてを、誰かが知りたい、と思った時に利用できるかたちで保存し、いわばどんな情報でも保存し、管理し、情報を提供する。

 そのために、電子記録員は存在する。

 電子記録員とは、古今東西にあるすべてのものを電子化し、電子化した資料をデータベースに保存し、活用してもらうための案内をする専門職である。現在は2050年に発足した国家プロジェクト、電子クラウドプロジェクトにより、もっぱら電子資料データベースの構築と運用を行っている。電子記録員はこの世に存在するすべての形あるものを情報として保存し提供する専門職なので、同じ理念を持った電子資料データベースの管理が中心となるのは自然な成り行きだろう。

 少なくとも仕事の本質としては、という枕詞がついてしまうけれど。

 世間の人々にとって、僕らの仕事はどう映るだろうか。

 絶対に必要だと肯定してくれる人はいる。そんなことに税金をかけている場合ではないと言う人もいる。よくわからないけど必要なんでしょ、と言う人も、そもそも何をする仕事なの、と言う人もいる。

 僕らの仕事の存在意義は、時間をかけてでも伝えていかなければならないんだけどね、と車内で1人ため息をついた。

 ふと窓の外を見やると、西の空に一番星が見える。うっそうとした森の先が見えた。もうIA電子資料館に到着したようだ。

 正面玄関まで横付けしてもらったタクシーを見送ると、自動ドアの脇に備え付けられたタブレットで「職員」のパネルを選択した。

 中からきっちりとまとめられた金髪の若い女性が出てくる。黒いシャツ、黒いエプロン、黒いボトムスに黒い革靴。見まがうことはない。IA電子資料館の館長にして唯一の職員、アイビー・ノアだ。

「ユージン……」

「やあ」

 軽く手を挙げて挨拶した。

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