暗転

 人々が悲鳴を上げながら我先にと慌てて陸地の方へと逃げていく。私たちは人の波に逆らうように海辺へと向かっていった。

「父さん、逃げよう!」

「お客さんやスタッフの避難の方が優先だ! まだ逃げ遅れている人がいるかもしれない。全員の避難が終わるまで逃げるわけにはいかない!」

 避難する人に交じって防犯ロボットまでもが陸地の方を目指している。沖の方にはまだまばらに人の頭らしきものが見えていた。おそらく防犯ロボットは、彼らが助からないと判断したのだ。

「でも」

「おまえはスタッフの方だ。報道者ならなおさら避難しろ。心配するな、すぐに行ってくる」

 父は沖の方へと向かっていった。数秒父の背中を捉えると、高台へと避難した。当然、津波のありさまを収めるため、カメラはずっと回している。イベント当日にメモリ不足は笑えないので、一番容量の大きなメモリを用意してある。けれど、まさかこんな万が一の役に立つなんて、と薄ら笑った。

「ここも危ない! 逃げろ!」

 どこからか聞こえる怒鳴り声はすぐさま波の音にかき消されていった。もうすぐそこまで高波が迫っていた。

 水は海の家やテントなどを飲み込んで陸地へと迫る。

 避難誘導を呼びかける放送と悲鳴に押されて人々が移動し始める。いよいよ防砂林までも踏み倒して海岸近くの道路まで到達したかと思うと、民家や店の姿が、一瞬で消え去った。

 ほんの2、3時間の出来事だったと思う。地震や津波は、人々の笑顔を根こそぎ奪っていった。

 一番近くの避難所は、ビーチフェスタに来ていたお客さんとスタッフがなだれ込んできたせいで、すぐに床が埋まった。

「なんでQS市民だってのに入れねえんだよ! こういう時に使えねえな!」

 老人が避難所の職員に怒鳴り声を上げている。そばにいた小さな子が涙をこぼした。

 避難所の職員は想定外の事態に右往左往していた。水着で逃げ出してきた人の平服がない。裸足で道路を走って何人も足から血を出している。市外から来た人たちはバスで追い返せと声を上げる人の傍らで、首も据わっていない赤ちゃんが泣き出した。

「イベントなんかやらなきゃよかったのに」

 誰かがつぶやいた言葉が、グサリとリーナを刺した。

 リーナは避難所を巡った。スタッフたちや家族の安否確認もあったが、一番の目的は映像の記録だった。

 私は映画監督、そしてカメラマンだ。カメラを持てば、やることはただ一つ。目に見えるすべてを、ありのままにカメラに収める。

「すみません! カメラはご遠慮ください!」

 行く先々の避難所で職員に追い出される。罵声を浴びることもあれば白目で眺める人もいる。私の周りからすっと人が離れる。ずっと奥にFHパンのオーナーの姿が見えた。

 ついに建物の外へたたき出された時、すれ違ったのは、かの海の家代表者だった。

「あんた――大丈夫か」

 彼に手を差し出してもらって何とか起き上がる。反射的にカメラを向けてしまう。

「よく、ご無事で……」

 私はそれだけ言い残すと、ふらふらと立ち上がって別の目的地へと向かった。

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