ビーチフェスタ
ビーチフェスタの日は曇り空が広がっていた。薄く灰色かかった雲が一面に広がる。絶好のロケーションとはいえないけれどかえって過ごしやすい。カメラは主催者であるJBW広告を追っていたし、例のドローン映像のおかげで、当日の海のコンディションにはそれほど取れ高は期待しなかったのもある。
出店のテントがひしめき合うメイン会場からは、お客さんの呼び込みの声や、肉や焼きそばが焼ける匂い、かき氷を削るガリガリという音が、波打つ潮の音や香りとともに流れ込んでくる。ひしめき合う人の流れを映し出して次のシーンへと移る。実はこの直後には大量の防犯ロボットと遭遇したのでカットしたのだ。初めてのイベントということもあってかなりの数をレンタルしたとは聞いていたが、あれではあまり画にはならない。
JBW広告社長、ウィリズはあちこちのテントの様子を見るために走り回っていた。JBW広告で集めた事業者、FHパンは南国風のサンドイッチを売り、DUマッサージはパラソルの下でマッサージを施したりなど、ビーチに似合う出店を考えてくれた。海の家の代表者さんのテントでは、焼きそばを売っていた。どのテントにもお客さんが次から次へと入っていく。
スポーツ用品店主催のミニビーチバレー大会は大いに盛りあがった。これはJBW広告が打診したイベントだった。どんな業種でもやりたいと言ってくれる人がいる限り、協力は惜しまないよ、との言葉通り、ウィリズはイベントを実現させた。優勝者のペアは賞品の小玉スイカを受け取ったとき、ガッツポーズをしていた。
ああ、みんな楽しそうだ。
カバン屋で買ったらしきビーズバッグを手にした女の子。焼きトウモロコシを頬張る若者。おそろいのビーチサンダルを履いた家族連れにフルーツシェイクを飲みながら歩いている老夫婦。この思い出は、ショッピングモールや通信販売ではきっと得られないものだ。ウィリズが、JBW広告の社員たちが、出店を決めてくれた事業者が、商工会議所やQS市の職員、警備や清掃などの裏方スタッフたちが、そしてイベントに来てくれたお客さんたちイベントに関わったすべての人たちが作り上げたものだった。もう少しだけこの楽しい時間が、素敵な思い出の場所が。
続いてくれたらよかった。
そろそろ終盤イベントのライブが始まるから、とウィリズとともにステージ会場に向かおうとした矢先だった。
画面がガタガタと揺れる。周りの人たちは揺れに驚いて手に持っていたアイスやジュースのカップを放り出した。子どもを連れた女性は子どもを抱きしめる。売り子たちは慌ててお客さんをテントから追い出したり機器のスイッチを落としたりしている。
防犯ロボットが地震警報を叫びだすシーンが流れた。
リーナの隣でガタン、と音がする。横で見ていたアイビーが椅子から立ち上がっていた。アイビーはすぐに椅子を戻して座ったが、スクリーンを呆然と眺めている。
エンドロールまであと10分ほどある。きっと彼女はこの後の展開を予想できたのだろう。リーナはそう考えてすぐに、当たり前かと思い直した。
ビーチフェスタが開催された日は、QS市付近に甚大な被害をもたらした災害、大地震および大津波が起こったのだから。
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