海水浴場

 JBW広告社長、ウィリズとともにQS市の商工会議所が映し出される。所長とウィリズは挨拶を交わした。

”QS海水浴場で、ビーチフェスタを行うと聞いたときは驚きましたよ。”

 こう話す所長は、今回のイベントの開催に向けて一番親身になってくれた方だ。実を言うと、QS市市長はあまり乗り気ではなく、ウィリズの根気と綿密な計画書によって勝ち得たものである。それを知っているからこそ、いくつかの商店に声をかけてくれたりもしたのだろう。参加した事業者の中にはJBW広告を利用したことがないと話していた。

 ビーチフェスタの構想は、リーナにイベント開催のことを告げたときから固まっていたという。QS市の中でも一番の名所ともいえるQS海水浴場だ。どこまでも黄色い帯のように広がる砂浜に、晴れた日には透き通るような青い海に青い空が映え、日が沈む頃には壮大な夕日が見える。QS市が田舎町なのも幸いし、防砂林の向こう側にある建物が見えることもない。絶景の海辺として古くから親しまれていた。

 ウィリズがQS海水浴場を下見するシーンが流れる。プロにドローンを駆使してもらって撮影してもらったのが功を奏し、プロモーションビデオにでも使えそうな映像となっている。改めて見返すと、快晴の日のQS海水浴場は美しかったのだなあと少し胸が痛くなった。

 ビーチフェスタを開催するには、どうしても避けて通れないことがあった。例年海の家を開設する業者と折り合いをつけなくてはならなかった。打ち合わせのシーンを撮る都合上、カメラの手前少々過激な演出をさせてもらった。しかし映画撮影がなくても腸が煮えくりかえるような思いをそのままぶつけられてもおかしくなかった。当然だ。いきなりイベントなど立ち上げて競合店が何倍にも増えるというのだから。

 ウィリズを筆頭としたJBW広告の社員や商工会議所の職員たちはは会議室入りの時点から白い目で見られていた。開始早々にらみ合いともいえる上っ面のような会議がなされる。先に動いたのは海の家の業者だった。

”こっちは一夏で一年分の稼ぎがかかってんだぞ!”

 代表者が立ち上がってバーンと机をひっくり返す。はっきり言おう、このシーンでは一番強面の方にお願いした。見た目と中身はあまり比例しないものである。

 ここからはウィリズが熱く語り出す。

”いいですかみなさん。今のままでもQS市海水浴場は魅力的です。そこに皆さんの海の家があるからこそ海水浴にいらっしゃったお客様は楽しめます。

 しかしです、QS市の人口は減り続けています。周辺の市町村もそれは同様。そしてQS海水浴場のお客様はほとんどがこのQS市民であること、そして海水浴場にいらっしゃるお客様が年々減少傾向にあることは紛れもない事実です。このままではQS市市海水浴場自体の存続が危ぶまれます。現状維持だけでは限界が近づいていることは皆さんが一番よくわかっていらっしゃるはずなのに!

 このQS市海水浴場の未来のために何ができますか? 何をしようとお考えですか?

 私はあなたたちに商売から手を引けと言っているのではありません。力を合わせようと言っているのです。QS市海水浴場に来たお客様をおもてなしする、その想いは同じはずです!”

 ウィリズの言葉をきっかけに、彼らは顔を合わせる。代表者はまたしても立ち上がった。

”適当なことを抜かす訳じゃないんだろうな?”

 ウィリズが企画書を見せる。誰かからいいんじゃねえの、と声が上がる。賛同の雰囲気が広がり、満場一致というわけでもなかったのだが、3年後の開催に向けて動き出したのだ。

 それからJBW広告はビーチフェスタのために東奔西走した。市から許可を受け、参加事業者を集め、警察や警備会社、保健所と連絡を取りあい、日時やスケジュールを調整し、集客力を高めるミニイベントを企画し、もちろん本業である宣伝も力を入れた。

 ようやく今から1週間前に、ビーチフェスタは開催されることになる。

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