父の背中

 リーナはゲストハウスの一室で、映画の編集作業に当たっていた。

 ベッドと机と椅子が備え付けられ、エアコンも完備されている空間で、リーナは缶詰になって作業していた。必要な映像は既に取り終わっている。編集といっても、中盤までは作業が済んでおり、音楽や効果音、ナレーションも必要ない。残っているのは、映画の後編からラストシーンまでを完成していたスタッフロールまでつなげる作業だけだった。

 リーナの得意分野はドキュメンタリー映画だった。これまでに3作メガホンをとったが、いずれも特定の人物の半生を描く作品だった。今回は、QS市の広告業を営むウィリズ、リーナの父が主人公だ。

 ウィリズは元俳優だ。10年前まではそこそこテレビドラマや映画に出演し名が売れていた。ところが10年前の大戦争は、父から仕事自体だけでなく、俳優仲間や演劇・映像関係者、セットやロケ地、映画館や作品配信のための会社までことごとく奪っていった。父に残ったのは家族と、生き残った地元のファンだけだった。

 父は戦争が終わってから、俳優をきっぱりと引退した。代わりに始めたのが、広告企業だった。地元QS市の店や観光地、あるいは道の駅や市場などの宣伝広告を請け負う仕事だった。

 父は地元の人たちに愛されていた。ウィリズやリーナが生まれ育った街、QS市は元々ぽつぽつと農家や小さな店しかない、寂れかけていた街だった。しかし、ウィリズがQS市の良さを見出したことによって、市内の人も市外の人も、QS市の心地よいカフェだとか、安くて質のいいものを売る雑貨屋だとか、親切丁寧で明るい美容院などが少しずつ注目を集めるようになった。

 父はアウトドアにも興味を持っていて、リーナは登山、ハイキング、キャンプなどにもよく連れていってもらった記憶があった。父が一番好きだったのはサーフィンだった。戦前は時間を見つけては家族で海へ行き、ビーチを楽しんだりもした。そういったこともあって、父はQS市のアウトドアの穴場もよく知っていた。

 明るくて社交的な父が経営を始めた広告会社、JBW広告は、始めは顔なじみの店の広告しか入っていなかったり、思うように広告を見てもらえなかったりと散々苦労していた。転機が訪れたのはQS市の大型ショッピングモールが閉鎖した直後だった。

 小さな街の大型ショッピングモールが閉鎖して、QS市の市民はさらにインターネット通販に頼るか遠くの街まで買い物に行くようになった。ショッピングモールの閉鎖によって人口が減った地域もあり、小さな店は客足が遠のくのが目に見えていた。スーパー、カフェ、レストラン、ファストフード店、靴屋、書店、美容院、クリーニング店、家電販売店、特にアパレル関係は閉店を決めた店も多くなった。これに立ち上がったのはウィリズだった。

 ウィリズは、何でも電子化された時代にあえて紙媒体の広告を使用した。紙なら後で目に付くこともあるからね、と父は食卓の席で話していたのをリーナは覚えている。そのためにデザインもすべて一新していた。最初は紙広告も当たり前のように目にしていた高年齢層の目に留まった。そして、物珍しさに若年層でも少しずつ話題になっていった。残念ながら閉店してしまった店も多かったが、JBW広告が手掛けた広告に目を留めて、お客さんが増えたという店もあった。JBW広告は広告制作を続けたことによって、残った店には大型ショッピングモールが潰れる前よりもお客さんが多くなっていった。

 父の映画を撮ろうとリーナが決めたのは、この成功譚がきっかけだった。そのころリーナは、既に映像業界への道を歩み始めていた。

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