友人との出会いと小説の始まり
家に忍び込んできたのは、きちんとした身なりの少年だった。
「君は誰?」
エディクは尋ねる。
「僕はレン。願いをかなえてくれる十二の羽根を集めているんだ」
レンは興味深そうにエディクのことを見つめる。
「十二枚も羽根を集めてどうするんだい?」
「羽根を全部集めて洞窟の遺跡に備えると、何でも願い事を叶えてくれるんだ!
ねえ、君も一緒に探しに行かないかい?」
レンはエディクの手を取った。
エディクは思った。ここにあるのは黒パンと、羊と、ガミガミ怒鳴るおかみさん。レンについて行けば、パンをおなか一杯食べてふかふかのベッドで眠れる、そんな毎日が来るのだろうか。
「行こう」
エディクは黒パンにとっておいたミルク。着替え、ナイフをポシェットに詰め込んで、日の出とともに家を飛び出した。
******
ユセルと初めて出会ったのは大学生の時だった。大学までの道もおぼろげで迷っていたソアを呼び止めてくれたのだ。大通りにはイチョウ並木が延々と続き、黄色い葉が風に吹かれてくるくると舞っていたことも、ユセルが背負っていた黒いバックパックも、通り過ぎていった人々の高揚ぶりも、ソアは今なお鮮明に思い出す。
やがて行き帰りで彼と顔を合わせることも多くなり、ソアとユセルは一緒に行動することが多くなっていった。
ある日近くのカフェで昼食を摂っていた時のことであった。食事は終わったが会計にはまだ惜しいというのに、ユセルは愛用の黒いバックパックの中を漁り始めた。
「君は、小説など読むかい?」
彼はそういってそっと自分のタブレットを差し出してきた。ソアはそんなに小説を読んできたほうではない。だが、その時はそこそこ、とかまあね、とか曖昧な返事を返したのだろうか。ともかくソアはユセルからタブレットを受け取ったのだった。
「これは」
「自作。趣味で書いているんだ」
ユセルは少しだけ顔を赤らめた。後で知ったが、ユセルは小説を書いていることを打ち明けたのは、ソアが最初だったという。
ソアはタブレットの中身を読んではスクロールしていった。怖がりの幼い少年が自転車に乗れるようになるまでの話だった。小説を全部読み終わると、おもしろかったよ、と彼に伝えた。ソアには小説の良しあしなど分からない。夢中になって読書するなどという経験すらなかったかもしれない。が、本当にユセルが書いたのだとしたら、それはすごいとは思った。
「時々感想を聞かせてくれるかい?」
ユセルは落ち着いて2人で話せる場所で、ソアに自分の小説を読み感想を聞かせてほしいと頼んできた。ソアは光栄なことだと思った。
こうしてユセルが小説をかき上げると、カフェや図書館や公園や大学のベンチで待ち合わせた。ソアがゆっくりとタブレット上の小説に目を通し、感想を伝えるようになった。最初はソアもおもしろかったよ、としか言えなかった。けれどもユセルが欲しかったのは厳しい意見も含めた、正直な意見だった。それを察したソアは、ダメ出しもしていくようになった。批判をし始めたころは、前はおもしろいと言ったじゃないかと文句を言ったり、いじけて何週間も連絡をよこさない時もあった。渾身の作品をダメ出しされて、落ち込んでいるユセルを見ているのは何よりソアには耐えがたい苦痛だった。しかし、何より本人がそれを望んだのだ。ソアはただ黙って見守ることしかできなかった。
ユセルの小説は書き続けたことが幸いしたのか、だんだん話が深くなってきたように思った。これにはソアの読書量も関係しているのかもしれない。きちんと感想を言うにはユセル以外が書いた小説も読まねば言葉が足りなかった。ソアは小説を読むようになった。冒険もの、ミステリー、剣と魔法のファンタジー、アクション、SF、ヒューマンドラマ、歴史、子どもの頃には絶対に手に取らなかったであろう恋愛小説にも手を出した。
ユセルはよく冒険小説を書いた。当然、ソアが手に取る物語も冒険ものが一番多かった。ソアは冒険小説が多くなる理由を尋ねたことがある。子どものころから読んでいてワクワクするんだよ。ユセルの答えはそんな感じだった気がする。
ソアはいつしか、人生の最大の楽しみが読書、それもユセルの小説を読むことになっていた。
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