別れ、そして新たな世界へ

 レンは道の向こうを指さした。

「ほら、あの道を行ってみよう。向こうには星の国があるんだよ」

「星の国?」

「ああ」

 そう言ってレンは、まごつくエディクの手を取って走っていく。

 やがて道端の草もキラキラと輝く星屑のようなものに変わっていった。

「ほら、ここが星の国さ」

 エディクは町をキョロキョロと見回す。お城も家も店も何もかも、星のようにキラキラと輝きを放っていた。人々もきらびやかな服を身にまとって、まるでダイヤモンドでできていそうな靴を履いて町を歩いている。

 ああ、確かにここは星の国だな、とエディクは思った。これからこの国で羽根を探すのだと思うと、怖いという気持ちもあったけれど、それよりもウキウキとした気持ちの方が勝っていた。


******


 大学に入ってから四回目のイチョウ並木を見る頃、2人は並んで大通りを歩いていた。ソアもユセルも、大学から遠く離れた地での就職が決まっていた。

「もう卒業だね」

「ああ」

「君の小説はもう読めなくなるのかな」

 ポロリとソアの唇からこぼれたその言葉は、ユセルの歩みをとめた。

「君が嫌というわけでなければ、方法はごまんとあるじゃないか」

 ユセルはそう言って腕時計型の端末を指さした。そうか、通信機器がいくらでもある。

「メールで送ってくれるのかい? 迷惑メールに紛れないようにはするよ」

「ありがとう。君が最初の読者でいてくれることは、何よりも励みになるよ」

 ユセルは頭をポリポリと掻いた。ソアはなによりも幸福な瞬間だと思った。ユセルの小説の読者として、しかも最初の読者として認められるなんて。喜びを表現する言葉をまだ持ち合わせていなかったソアは、こうつづけた。

「ユセルは小説を書き続けるんだね」

 ユセルは小説家ではなく、教師になると前に言っていた。ソアはユセルが小説を書くこと自体辞めてしまうことも不安に思っていたから、今回のことを聞いてほっとしたのだ。

「ああ。僕には少し具体的な夢ができたよ。今までは自分が書きたいものを書いてきた。でもね、これから子どもたちに向けた物語を書きたいんだ。子どもたちがワクワクしながら読むような空想ファンタジー小説。

 ほら、子どもたちにとっておもしろいと思えるような本がないって言われるからさ」

「子どもたちに、か」

「小説っていうのは、物語が完結して、誰かの心に届くまでが作品なんだよ。そうなるために、僕はきちんと小説を書ききって、たくさんの人に読んでもらいたい」

 そう語るユセルの顔を見ているのが、ソアには幸せだった。ユセルが子どもたちのために書くファンタジー小説。読む人に勇気と希望を与えてくれるような、ワクワクする物語。ソアはたくさんの子どもたちが手に取って、楽しみながら読んでいる光景を思い描いた。

 いつの日か再会するための日に、と2人は連絡先を交換した。

 お互い大学を卒業してからも、ユセルはソアに小説を送り、ソアはユセルに感想を送った。仕事で忙しくなったのだろう、送られてくる分量は大学生の頃よりも少なくなっていたが、ソアはそれでも一字一句、丁寧に読むことを心掛けた。

 大学を卒業してからはユセルは長編小説を書き始めた。貧しく身寄りのない少年エディクが、不思議な少年レンに連れられて、すべて集めると何でも願い事をかなえてくれる十二枚の羽根を探しに旅に出るという冒険ファンタジー小説だった。タイトルは『十二の羽根』。あまりに無難な、ソアがつけたタイトルだった。それでもユセルはタイトルを気に入ってくれた。

 ソアは、『十二の羽根』の中で、エディクとレンが別れるシーンまでを読み終わった。次はどうなるのだろう、とソアは続きを待ちわびた。1週間経った。また1週間経った。次の章に入るから苦戦しているのかもしれない、と思ってさらに1ヶ月待った。早く読みたいよ、とかアドバイスならいつでもするよ、と連絡しようかと思い立ってさらに1ヶ月が過ぎた。そろそろお互い休みが取れる、学生時代のようにカフェでまたおしゃべりでもしようじゃないか、と連絡してからユセルの返事が来ないうちに、世界を巻き込む大戦争が勃発した。

 再会のためにと連絡先を交換した日、それが2人が直接会った最後の日になってしまった。

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