カモフラージュ

 BRG祭はマフィアのフロント企業の出資によって支えられてきた。その受け入れがたい事実を突き付けられ、アイビーからタブレット端末を奪い取るようにして検索結果をこの目で見たのだ。ゴーダソンは何も反論できなかった。

 さすがに今のご時世では、街興しのためにかかった費用に補助は出ない。税金対策のために行なっているわけでもなかろう。では何のためにBRG祭に出資してくれるのか。

「他にBG市には観光資源になりそうなイベント等はないのですよね」

 アイビーの言う通り、BRG祭以外に大きなイベントは行われていないし、特にこれといった観光資源もない。

「調べればわかるだろうが、観光どころか大規模な商業施設すらない」

「ということは、BRG祭を行うことで何か出資以上の利益が得られる、もしくはBRG祭が行われなければならない理由があるということでしょうね」

「パチモンを売り飛ばすことか?」

 BG市の市民半数に売れればかなりの売り上げになるはずだ。

「おそらく偽ブランド品を売りさばくことはメインの目的ではないように思えます。在庫処分ならまだしも、出資しているなら赤字になるはずです」

 だが、フロート車の材料や家の飾りつけに必要な雑貨類を作っていそうな企業はない。露店でもうけを出すこともほぼないだろう。BRG祭に参加する市民から利益を得ようというわけではない、ということなのか。

「後は観光客から金を巻き上げる、か?」

「観光客の少なさは先ほど申し上げたように、BRG祭の人口増加率0.3%という数字からあまり期待されていないとは思うのですが――観光客が来る可能性はあるのですよね」

 ゴーダソンの目じりが吊り上がった。

「何と言われようとBG市一の祭りだぞ」

「いえ、BG市の市民以外の方がいても何ら疑問には思われないのですよね。普段BG市にはいない人間が現れてもBRG祭を見物、あるいは参加しに来た観光客と捉えられる、と」

「それがどうした?」

「BRG祭は高級な服を着て街を練り歩くのですよね。だとしたら、ブランドスーツを着こなす本物のビジネスパーソンが紛れても見わけがつかない」

「さすがに着こなすくらいなら俺にはわかる」

 高級品を着こなす人間と、高級品を着ているだけの人間と、高級品に着てもらっている人間。市議会議員をやっていれば嫌でも見極めなければならない。

「この際素人にブランドスーツを着せても構わないのです。BRG祭が開催されているところにブランドスーツを着ている人を見たら、どう見ても参加者にしか見えないと思うのですが」

「つまり、スーツを着たよそ者を紛れさせるために、BRG祭を利用している。そういうことか?」

「スーツである必要があるかどうかはまだはっきりしませんが、おそらくはそうだろうと」

 BG市によそ者が潜り込むにはBRG祭を利用するしかない。BG市にはオフィス街どころか大きな会社も、観光資源もない。他の時期に地元の人間以外がいたらかなり目立って噂にでもなるからだ。

「で? 高級スーツを着たマフィアがBG市で何か取引をしているとでも言いたいのか」

「そのためだけに年1回しか行われないBRG祭を支援するのはつり合いが取れません。年1回のかなり経費のかかる祭に全額出資してもなお莫大な利益が生まれるからくりがあるか、そうまでしてどうしても手に入れたい何かがBG市にはあるのか……」

 ゴーダソンもアイビーの意見に真剣に耳を傾けていた。ゴーダソンもマフィアの狙いを考える。

 拳銃、麻薬などの違法な代物。年1回の取引で莫大な利益を生み出すには闇市でも開いて大量に売りさばくか。インターネットでの取引は人工知能でだいぶ検挙率が高くなっているし何より証拠が残る。年々難しくなっているので逆に対面方式で売買している事例もあるという。しかし1回で取引するとなると大量にBG市に持ち込まなくてはならない。BRG祭ともあって警備を強化するさなか、さすがに検問に引っかかるのではないだろうか。

 莫大な利益をもたらすと言えば地下資源だ。石炭、石油、天然ガス、オイルシェール、レアメタル、金属鉱物、宝石の原石、大理石、石灰、石英……。どれも戦争終結から希少資源となっている。もし採掘できるのだとしたら確かに莫大な利益を生むだろうが、そんな話は聞いたことがない。採掘するにも機械を運んで3日間稼働させてもむしろ骨折り損のくたびれ儲けではないだろうか。

 あるいは生き物の方か? 天然記念物や絶滅危惧種に指定された動植物、BG市付近の固有種は何種か聞いたことがある。捕まえて売り飛ばせば利益にはなるだろう。いやしかし、高級スーツやブランド品を着る必要があるか? 万が一BG市が取引会場となっていたとしてもだ、さすがに時期が悪すぎるのではないだろうか。BRG祭が行われるのは寒波がたたきつける年末なのだから。

「おもしろい意見ですが、1つ条件が抜けておりました」

 全部独り言が漏れていたのか、とゴーダソンは顔を真っ赤にしながら、アイビーに「何がだ」と尋ねた。

「毎年BRG祭を支援しているということは、やはりBG市にある何かのためだと思われます。一番BG市が都合がいいからと言って毎年BG市で何かを行うとは思えません。同じ場所で何度も怪しい取引を行えば、いくらカモフラージュしているとはいえ一般市民に気付かれる可能性がありますから」

 そりゃあそうだ。取引場所を固定することで明るみに出てしまう可能性が上がる。それに取引をするなら場所を転々とするはずだ。マフィアにも縄張りというものがあるから1つの場所で固定するのも向こうとしては面白くないだろう。それに、すんなり出資企業を教えてくれたということは、実行委員会ですらマフィアのフロント企業の傘下から出資を受けていることを知らない可能性が高いことに思い当たった。

「他には何か……」

「あんたが調べたほうがいいかもしれん」

 ゴーダソンはぐっと拳を握り締める。

「俺は生まれも育ちもBG市。それに市議会議員をやっていたせいでBG市のことなら何でも知っている気でいたが、それが仇となって井の中の蛙になっていたのかもしれん。きっと俺がいくら頭をひねったところで分からんよ。電子記録員の――」

「アイビー・ノアと申します」

「ノアさん、あんたが調べてくださいますか。この通り」

 ゴーダソンは深々と頭を下げた。アイビーは左手首につけた腕時計型の端末を確認した。

「今からBG市に一緒に向かいましょう。15分ほどでつきますよね」

 そう言うとアイビーは立ち上がって支度を始める。ゴーダソンはタクシーの手配はやる、と言っておいた。タクシー代くらい安いものだ。

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