商店街の裏側
アイビーとゴーダソンを乗せたタクシーはBG市商店街に2人を連れて行った。BRG祭の時期はどこの家でも飾りつけを行うし、動作補助ロボットを使って暮らす年寄りや障害持ちの市民は自宅の近所だけを回ることも多い。しかし、やはり祭りの中心地はBG商店街だ。まずそこから見てもらうのは一番いいとゴーダソンは話した。
「失礼ながら、錆びれた街、という印象が強いです」
アイビーの言う通りだった。資産家がBG市から姿を消してからは商店街も縮小してしまったし、シャッターの閉まっているところに飾りつけしてごまかしたりもしなければならないほどだ。あと10年したらこの街はどうなってしまうのだろう、とゴーダソンは感慨に耽った。
アイビーは手に収まるくらいのデジタルカメラで写真を撮っていく。
「何を、しているんだ?」
「すみません、つい癖で」
アイビーはポケットにカメラをしまう。
「いや、この件に関することならいいんだが」
「直接は関係ないのですが……。この街の今を残すのです」
「この街の今――」
「例えば10年前の戦争でこの街も変わってしまったでしょう?」
そう、不景気だったのに加えてミサイル対策等に税金を湯水のように使ってしまったのだ。戦争が終わると市の財政が厳しくなり、金に余裕があるものはこの街を去り、特にこれといった産業も乏しく、BG市は衰退の一途をたどった。BG市が財政破綻しなかったのは、今思えば農業が盛んで市民は食べるものには困らなかったのと、この商店街の店がそれなりに利益を得てBRG祭を支えていたからだとゴーダソンは考えた。BRG祭は生活にゆとりがなければ買わないような花やオーナメントなどが売買され、それらを売る店の売り上げに貢献していた。それだけでも充分市民や財政を潤していったのだろう。
「そして今から10年後も、街は同じままでいられる保証はないのです」
アイビーの言葉に、ゴーダソンは頷いた。魚屋、八百屋、肉屋、洋品店、ケーキ屋、喫茶店、理容室……。今までゴーダソンの目にはにはどこの商店街でも見られそうな光景としか映っていなかった。
だがそれは本当だろうか。あの店が来年も商売を続けているとは限らない。すれ違った親子は家を引き払ってどこか別の街へ引っ越してしまうかもしれない。ひょっとするとあの隙間にはモニュメントが作られるのかもしれない。もしかしたらまた戦争が起きてBG市が吹っ飛んでしまうかもしれない。そして今まさに我々はBRG祭がなくなってしまうかもしれないところまで足を突っ込んでいるのだ。BRG祭がなくなってしまえば、BG市はどうなってしまうのだろうか。
アイビーが路地裏に入ろうとしたのでゴーダソンは呼び止めた。
「そっちはホームレスしかいないぞ!」
周りの人が振り返ったかと思うと2人から離れるように移動していく。アイビーはゴーダソンが追いつくのを待たずに路地裏を覗いていた。
「聞こえんのか!」
「防犯カメラくらいはついているでしょう?」
アイビーはひったくりに遭うくらいにしか思っておらんのか。あまり行きたくはなかったが、ゴーダソンもアイビーと一緒に裏の路地を覗く。
「写真を撮るのか?」
「人が大勢映りこみますので今回は辞めておきます。申請が必要ですし」
商店街の写真は人の顔だけ処理すれば問題ないようだが、裏の路地には赤ん坊から青年くらいのホームレスたちがひしめき合っている、というほどではなかった。BRG祭の前に視察に来た時はもっといなかったか?
2人の姿に気付いたのか何人かの子どもが寄ってくる。彼らはみな薄汚い服を着てやせこけた頬で精一杯作り笑いをしていた。
「今度は誰?」
無理やり作った笑顔の子どもたちに、アイビーがしゃがんで電子記録員だと説明した。
「デンシキロクイン?」
「ジュク? ハウス?」
子どもたちが矢継ぎ早に聞いてくる。アイビーとゴーダソンは顔を見合わせた。
「どうしてジュク? どうしてハウス?」
「姉ちゃんはジュクに行ったんだ。友達もみんなハウスに行ったんだよ。寒くて商店街が店を閉めて遊んでいる間、いい格好の大人がお菓子を持って僕らを迎えに来るんだよ」
前に出てきた少年がそう言う。ゴーダソンは彼らの言葉を何とかくみ取る。塾。
「そんな大人についていってはダメ!」
アイビーが叫ぶ。肩に手を置かれた少年や周りに群がっていた子どもたちはぽかんとしていた。
「いい? 手を差し伸べてくれる大人にはもちろんいい人もいる。でも、その寒いときに来る大人には絶対について行ってはいけない。そんな大人を待つ前に、勉強することも遊ぶこともできず家も食べ物すら与えてくれないここの真っ当な大人に怒らなくちゃダメ。あなたたちは本来子どもとして守られるべき存在なのだから」
アイビーはすくっと立ち上がると、ゴーダソンに向かって言った。
「BG市の乳児院、および児童養護施設は?」
「あるにはあるが手いっぱいだ。戦争で孤児があふれたし、不景気なもんだから子どもを育てきれない家も増えたもんだ」
「BRG祭はあと半年後……それまでにこの子たちの居場所を用意できなければ、祭を中止させることも考えなくては……」
「一体どういうことなんだね?」
ゴーダソンはそのままこの場を離れない子どもたちとともに、アイビーの言葉を待った。
「おそらく、奴らの狙いはこの子たちです」
「は?」
「BRG祭への出資の目的は、ここにいる子どもたちです。
おそらく企業の狙いは、人身売買のための人間が欲しかったのではないでしょうか」
アイビーがはっきりと告げた。ゴーダソンにも、それが全くの見当はずれだとも思わなかった。
もしそうだとしたら、事実が公になればBRG祭は続けることは不可能。それによって商店街すら立ち行かなくなる可能性だってあるだろう。それならば、身寄りのない子どもたちが犠牲になるのは仕方がない、ちらりとそんな考えが頭をよぎった。
「ゴーダソンさん、同じBG市の市民のはずの身寄りのない子どもたちの犠牲によってBRG祭が行われてきたのだとしたら、それは恥ずべきことです。何の見返りも得られない子どもたちに代償を押しつけ続けるこの街に、未来があるとは思えません」
アイビーの黒い瞳がゴーダソンをとらえた。街づくりというのは、まず市民の幸せを願ってこそ――。ゴーダソンは電話をかけた。
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