BRG祭
ゴーダソンがIA電子情報館の防犯システム、不審者用の落とし穴にはまってから約1時間後、ゴーダソン氏はIA電子資料館の応接セットのソファに腰かけ、設置されたドリンクマシンが淹れた緑茶を勧められていた。今の季節に最適な氷で淹れた緑茶も、昨今のドリンクマシンなら堪能できるようになったのである。
ゴーダソンの向かいには電子記録員の女性、アイビー・ノアがちょこんと座っている。生意気な小娘が、とゴーダソンは怒鳴り散らしたくなるのをぐっと抑えた。今怒鳴り散らせば今度こそ防犯システムによってお縄になるだろう。いくら元市議会議員のゴーダソンでも避けられなかった。
ゴーダソンは遠慮なく出された緑茶を3杯も飲み干した。怒りの原因が湯飲みが割れにくい安物であるせいなのか、電子記録員の髪色が明るすぎる金髪であることにか、ゴーダソンはもう分からなくなってついには疲れ切ってしまった。
「身分証解析システムによってあなたの身元は確認しております。元BG市市議会議員のゴーダソン氏ですね。現在は引退して地域おこしのための活動をなさっている」
ゴーダソンは力なくうなずいた。定年で議員を辞めてからは悠々自適の隠居生活を行っていた。そのなかでBG市の再興は現在のゴーダソンの生きがいとも言えるようになっていった。
「BRG祭の動画は拝見させていただきました。この国の文化の広さに勉強になりました。電子クラウドプロジェクトが立ち上がってからは、あらゆる情報、特に無形文化資料に関してはなるべく収集するようにとの通達が来ています。こちらとしても、BRG祭の資料は保存していきたいのです。そのためにこちらでも電子資料データベースに掲載するための調査を行っている最中なのです」
アイビーは淡々と話す。ゴーダソンは当たり前だろう、という意味を込めて鼻を鳴らした。電子クラウドプロジェクトも電子資料データベースも税金で動かしているのだ。血税で運営するのだからそこまでしてくれなければ全く持って無駄遣いだ。
「ですが、今のままでは映像の保存はできても、公開はできない可能性が高いと思われます」
ゴーダソンは立ち上がった。
「ゴーダソンさんには解説文を書いていただきましたので、BRG祭については充分ご存じだとは承知しております。それを踏まえて、こちらで調査したことを聞いていただきたいのです」
アイビーはそう言ってタブレット端末を差し出した。
「まず、BRG祭が始まったのは今から72年前。当時のBG市に住んでいた資産家たちがBG市の街興しという名目でフロート車を使ったパレードを行ったことをきっかけに、毎年暮れごろに一張羅を着た市民たちがパレードについていったことから続いていったものとされています。当時は稀にみる好景気だったようなので、おそらく税金対策でしょうね」
「税金対策だと?」
アイビーがあっさりと言ってしまうので、ゴーダソンは腰を抜かした。
「はい。税金を納めるくらいなら使ってしまおうというつもりだったのでしょう。街興しのために使った経費は納税の対象にはならなかったようですし、この祭のために市民が購入した服や庭を飾るための小物や花も税の軽減の対象になったようですから」
「そんなでたらめは」
ゴーダソンが言い出す前にアイビーは各種資料をタブレット端末に表示して見せた。当時の条例には街興しにかかる費用は税の軽減の対象とする、といった文言が書かれていたのだ。また、当時の経済状況を示す新聞記事なども示されている。
「どうしてこんなことを調べようと?」
「高級な服、いわゆるブランドものですね、というのが引っかかりまして。高級スーツなどを着ている人がいたので気になったのです。派手な服を着る、ですとか、同じ服を着る、というならまだ理解できますが」
文化に理解できるだとかいうのもナンセンスだとも思うのだが、これだけの資料を見せつけられてはさすがのゴーダソンも納得せざるを得なかった。
「そしてこれからが公開に踏み切ることが難しいとされる点なのですが、動画のここを見てください」
アイビーは動画を一時停止させると、とある参加者の胸元を拡大させた。
「これが何だと言うんだ? BAYTAのTシャツじゃないか」
その参加者は有名ブランド、BAYTAのTシャツを着ていた。BAYTAならゴーダソンも2着くらいなら持っていたはず、と思い返す。やはり高級品だが、一般市民でも手が届かないわけではなかろう。
「いえ。これはBATTAのTシャツです。BAYTAではありません」
アイビーが言い切ったのでゴーダソンはまじまじとTシャツのロゴを見つめる。そこに書いてあったのはBATTAだった。
「何じゃこりゃあ!」
「こういった偽ブランドを着用している方が半数ほどはいるのではないかと試算されています。これがもし本当ならメーカーからクレームが出るでしょうね。裁判になる可能性も充分に考えられます」
ゴーダソンは怒りがわいてきた。BRG祭のことをバカにしている市民がそんなに大勢いたなど、到底許容できるものではない。
「実行委員会に言わないとな、パチモンを着て街を歩くような者をBRG祭に参加させんようにと!」
「落ち着いて下さい。問題の根源はそこではないのです」
「ならどこだというのだ!」
アイビーはゴーダソンの胸元を見た。
「これは正規品だぞ!」
「存じております。しかし高級品というわけではありませんよね?」
こいつは年寄りをからかうのが楽しいのか、ゴーダソンは再び怒りがムクムクと湧いてくる。
「だったらどうした?」
「隠居生活とはいえそこまでお金に困っていない、むしろ裕福な方に入るあなたでさえブランド品を気軽に着ることはないというのに、高級品を手に入れられる市民はどれほどいるのでしょうか? ましてやパレードには子どもたちも参加するのでしょう? すぐに成長して1年後には同じ服を着られないというのに」
アイビーの言葉を聞いて、ゴーダソンはふと疑問が生じた。
「そういえばBG市にはブランド物を売る店があまりないように思える。通販という手段もあるだろうが、BRG祭の前にBG駅前などで露店を作れば売れるだろうに」
「確かに衣服の供給元にも疑問があります。それを含めてこのBRG祭に関して独自に調査していることがあります」
「何だ?」
「今となっては資産家もほとんど残っていないでしょう?」
ゴーダソンは頷く。戦争と不景気でBG市からは富豪が次々と破産に追い込まれたり他の市に移りこんだりしているというのだ。おかげで退職間際の市の財政は火の車だった。
「だというのに、BRG祭は以前と変わらないように続けられている。BRG祭は他の祭りに比べてかなりの経費がかかるはず。そのためのお金は一体どこから出ているのでしょうか」
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