File0002 祭りの担い手

ゴーダソン氏の怒り

 無形文化遺産というものを知っているだろうか。芸能、風習、伝承、儀式――要するに形のない文化といったところだろうか。音楽やダンス、ストーリーテリングには演者が必要となるし、風習や儀式は担い手不足によって断絶の危機が叫ばれていたもんだ。それを救ったのが映像技術、VR(仮想現実)、動作解析技術を駆使したプログラムを搭載したアンドロイド。

 これらは電子クラウドプロジェクトが始まって急速に行われるようになった。電子クラウドプロジェクトとは、遺産や考古資料、芸術品や文書、素人がとった街の写真、要するにあらゆる情報と呼べるものを年寄りだけでなく若手や公務員の意識も変わり、次の世代へと伝統芸能が受け継がれるようになったし、後継者不足に悩む地域の風習でも、電子資料データベースにアップロードされた映像資料やアンドロイドに搭載されたデータが活用され、日の目を見ることになった。

 UW市のひまわり祭り。NK市のジン踊り。CP市のバタフライパレードにYH市の花火大会。

 その他100は超えそうな国内の祭が電子資料データベースに登録されているというのに、とゴーダソンは歯ぎしりをしていた。なぜ、なぜ、なぜ、BRG祭はまだ公開されないというのだ!

 BRG祭とは、BG市一番の祭典である。年末に向けて自宅や店を派手に飾り付け、値が張る高級な衣装とメイクで着飾った市民たちが商店街を練り歩くのである。目玉は三日三晩行われるパレードで、テーマパークのパレードさながらのフロート車30台ほどが街中を練り歩くのだ。

 きっかけはゴーダソン氏が半年前に電子資料データベースに各地域の祭の様子を投稿できると知ったことだった。最寄りの電子資料館に資料と資料に関するデータ、タイトルだとか撮影日時だとかそういったことだ、をメールで送り、電子記録員とやり取りすることで電子資料データベースに登録できるという。電子資料データベースに登録することで地域発信になる可能性も秘めている。かねてからかれこれ70年以上は続く地元の祭であるBRG祭を世間に広めたいと願っていた。市議会議員時代に果たせなかった夢を果たすべく、ゴーダソンは早速BRG祭の動画を最寄りの電子情報館であるIA電子情報館に送り付けた。返信は1週間後に来た。どういった祭なのかの情報がなく、電子資料データベースの審議にかけられない。肖像権の問題で保存はできるものの公開には許諾を得る必要がある、と。

 ゴーダソンはWebページの注意書きを読んでいなかった。勢い余ってメールを送り付けたために肝心なところを読んでいなかったのだ。そこで、動画の撮影日時、撮影場所、撮影者、BRG祭の解説などをまとめた。また、元市議会議員という立場を利用し、BG市市長とBRG祭実行委員会の元に赴き、インターネット上で公開できる映像を編集してもらった。これを再びIA電子情報館にメールを送った。動画は受理したとの返信が来た。電子資料データベースでの保存・公開には審議とデータ処理があるため1ヶ月はかかると書かれていた。ゴーダソンは3ヶ月待った。動画は一向に電子資料データベースに登録されなかった。

 待てども待てども動画がアップロードされず、どんどん他の市の祭の動画は公開されていく。ゴーダソンの怒りは頂点に達した。

「なめあがって!」

 催促のメールさえあまりに何通も送ったので人工知能が止めに入る程度だ。こうなったら、とゴーダソンは自宅を飛び出してタクシーを捕まえた。もちろん向かった先はIA電子情報館だ。ゴーダソンはIA電子情報館に乗り込むという最終手段に出た。

 ゴーダソンがあまりに殺気立っているせいか、自動運転のタクシーに搭載された人工知能がアラームを鳴らすほどだ。最近の防犯用人工知能は少しでも乱暴な態度をとると警告を発してくる。それほど事件やテロを起こす荒くれ者が多い世の中になってしまったのだ。さらに怒りをぶつけると拘留されかねないので、怒りを鎮めるので精一杯だったゴーダソンはIA電子情報館までの道のりがあまりに長く感じられた。気を紛らわせるためにタクシーの車窓を眺める。昔は裕福だったというBG市も先の戦争で貧富の差がはっきりと表れるようになってしまった。その最たる例がBG商店街の路地裏だ。商店街を1本裏に入るとストリートチルドレンたちの居住地区がある。幼児から若者までみな汚れた格好をしており、誰かしらは赤ん坊を抱いていた。市議会でも彼らの存在は議題に上がったものだった。

 タクシーは長い山道を登り切ってようやくIA電子資料館に着いた。ゴーダソンは支払いを済ませタクシーから飛び降りると、備え付けられたタブレットを殴るような勢いで訪問者であることを示すパネルを押した。ガタン、と音を立てて床が開いた。ゴーダソンは怒りのあまり、IA電子情報館の防犯用人工知能の精度の高さを見積もることができなかったのだ。

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