お迎え

 『祈りの乙女』の3D撮影が終わり、確認まで終わると業務は終わりになる。さっき出てきた作品解説やマッピングなどの電子コンテンツの件は、明日以降館長と話し合うことになってから返事をすることになった。それまでIA電子情報館には画像データに目録を紐づけてもらったり、インターネット上での公開のための画像処理を進めてもらうことになっている。資料をすべてワゴンに積み終わったので後は帰るだけだ。

「本日はありがとうございました」

「こちらこそ今後ともよろしくお願いします」

 アイビーがぺこりと頭を下げる。ワゴンに戻ろうとしたとき、アイビーに呼び止められた。

「あ、あの」

「何ですか」

「道中お気をつけて」

 まあ、言ってくれたほうが心証はいいが、呼び止めてもらうほどのことでもない。ダービスも適当に返事を返してしまった。もしかして強盗のことをだいぶ気にしていたのか。

「それから、資料ですが」

 アイビーはそこで言葉を切った。

「捨てないでくださいね」

 一瞬、何を言われているのかが分からなかった。

「捨てる、とは」

「電子資料にしてしまったから、と資料を廃棄してしまったところもあるようなんです。特に文書資料や民芸品、PKR郷土資料館さんの工芸品のような資料、の場合、そういったことが電子クラウドプロジェクトが発足する前から懸念されていました。PKR郷土資料館さんに限って、そんな事はないと思いますが、ただ、古文書も絵巻物も一般公開されていなかったので余計に気になりまして。

 それから、私の発言からヒア・イースの壺とケイン・ジュディアの『祈りの乙女』について主題とそぐわないから所蔵にふさわしくない、というように捉えられてしまったなら、決してそのような意図はなく。電子クラウドプロジェクトは倉庫整理のための手段ではない、電子資料になっていてもなっていなくても現物はきちんと保管しておく、それだけは頭に入れておいてほしいのです」

 アイビーは言い切ってしまうとふう、と息をついた。彼女の熱を持った主張に気おされそうになりながら、ダービスはそそくさとワゴンに乗り込んだ。

 ダービスはワゴンのエンジンをかけながら改めて周囲を確認する。彼女の後ろには防犯カメラのレンズが光っている。防犯カメラは必ずしも音声を録画しているとは限らない。しかし、建物こそ古いものの、IA電子情報館はそれなりにセキュリティシステムにはかなり投資している。あの防犯カメラが音声までも拾っているとしたら、いや、それ以上に彼女もまた腕時計型端末をつけている。当然録音機能くらいついているだろう。もしさっきの言葉を録音したのだとしたら、アイビーはダービスへ忠告したことを記録したことになる。

 まずい状況になった。ここまで来た道は山道は1本で防犯カメラ付き。迷ったとも強盗が襲ってきたとも言い訳ができない。こうなったら街へ出てから対策を講じるしかあるまい。ダービスはワゴンを発進させ、ハンズフリーの電話をかける。

「おう。遅いったらありゃしないな。まあいい。今どこにいるんだ」

 ダービスはまあまあ、となだめる。

「これから行くところだ。計画が狂った。山道に防犯カメラがついてるんだと。別の場所を指定してくれ」

「ちっ。まったくよ」

 向こうはPP市の隣のTY市のとあるビルを指定した。襲撃された美術館の近くだ。言い訳もしやすい。取引をして軽くけがをし、保険金をふんだくる。後は適当に怖くなったとか何とか言って退職し、退職金を得る。そのことには競りの結果くらい出ているだろう。そのくらいの金があれば充分一生遊んで暮らせる。

「分かってると思うが、しくじったらどうなるかわかってんだろうな」

 分かっている。向こうのバックには国の大臣がついているのだ。しくじったらクビどころの話では済まされない。

 ようやく山道から出ようとした時だった。ハンズフリーの電話が鳴る。

「はい?」

「ダービス君?」

 館長からの電話だ。

「どうしました?」

「TY市の美術館を襲った強盗がいたでしょう? 君の身の安全も資料の安全もありますからねえ。迎えに来たんですよ」

 前を見ると、なぜか館長が立っていた。ダービスはワゴンを止めて窓から身を乗り出す。

「館長、どうして?」

「ダービス君、随分不自然なタイミングで通信を切ったでしょう。何かあったのではと心配になりましてねえ。それにここの電子記録員さんから聞いた電子コンテンツの話ですが、きちんと資料にも書いてあったではないですか。先に言ってくれれば今日にも決められたというのに。やはり最初から2人でお伺いして、話を詰めればよかったと思いますよ。

 ああ、ご心配なく。タクシー代くらい惜しみませんから。それとも何か? 先ほども機械を通してですがご挨拶はしましたし、遅い時間ですから今から向かうのは却って失礼でしょう。帰りますよ」

 館長は断りもなくワゴンの助手席に乗り込んでくる。今回を逃せば資料を館外に持ち出す機会はなくなる。PKR郷土資料館に収まってしまえばそれこそ盗み出すしか方法はなくなるだろう。強盗に襲われたでよかったものが、それでは済まない可能性もある。TY美術館を襲ったのも奴らなのだ。どんな荒事をしでかすかわかったものではない。

 ダービスは運転席でガタガタと奥歯を鳴らしていた。

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