PP市立PKR郷土資料館

 ちょっとした応接セットのある空間に案内され、ダービスはソファに体を預けていた。窓の外には雑草が伸び放題の元花壇らしきものが見える。元は来館者の休憩スペースだったのだろう。アイビーはドリンクマシンからカップを取り出した。どうぞ、とを差しだされたのでダービスは受け取った。香りからしてコーヒーだろう。一口啜ると風味が広がったうまい。コーヒーメーカーで淹れた味そのままだけれど。

「ところでPP市立PKR郷土資料館とはどのような資料館なのでしょうか」

 興味で光り輝くこともない黒い瞳を浮かべるアイビーに、ダービスも社交辞令と割り切って答えることにした。

 PP市立PKR郷土資料館とはPP市のPKR地区の郷土資料を主に展示する資料館だ。PP市の歴史に関する研究に携わっていた館長、パートで雇われている事務職員、それに有資格者というだけで天下り先を見つけたダービスのたった3人しか職員がいない。来館者もPP市の文化振興に熱心なリタイア後のボランティアしか見たことがないし、特別貴重と呼べそうな資料は今日ワゴンで運んできた分しかない。しかもどれもこれも地主だったというリーリング家ゆかりの資料が中心になる。PP市はPKR地区含め住民は細々と自分たちの食べる分だけの農家か公務員、昔は役人といったか、くらいしかいないので、リーリング家以外に文化の振興に努めた者がいなかったのだろう、との研究成果を館長から耳にタコができるほど聞かされたのだ。

「道理で主題がバラバラだと思いました。2点だけ比較的新しいものがありましたし」

 ヒア・イースの壺とケイン・ジュディアの彫刻『祈りの乙女』か。どちらもPP市の市民の寄贈品だ。何でもPP市ゆかりの作者だとか。館長は反対したが、PP市の判断により受け入れたのである。

「目録を見て思い出したのですが、ケイン・ジュディアの方は、幻の作品が落札されたとかで、今注目を浴びていますよね」

 彼女が言っているのは1ヶ月前のニュースだろう。どこかの富豪が幻の三部作の1つである『月の天使』を国家予算規模の額で落札したというのだ。

「ウチとしても宣伝すべきなんですかね」

「PP市立PKR郷土資料館のテーマとは離れてしまいますし、必ずしも目玉にする必要もないかと」

 アイビーの意見に従っておくことにした。館長が聞いたら怒鳴り飛ばしてきそうだし。

「それはそうと、PKR地区ゆかりの資料ばかり、しかもほとんどがリーリング家のものということですよね」

「ああ。そうだ」

「電子資料をそのままインターネット上で公開することも少なくありませんが、画像や動画などに作品解説などを差し込んだり、地図や年表などとリンクさせることができます。いかがでしょうか」

 アイビーがタブレットを差し出してくる。博物館の展示資料についているキャプション(説明文)を添えた例、解説がされたページや動画コンテンツなどと相互リンクを貼って学習しやすくした例、マッピングしてどの地域ゆかりの資料なのかをわかりやすくした例、年表とリンクさせることで同じくらいの時代の資料を見比べられるようにした例。こうした電子資料を様々な情報とリンクさせて電子コンテンツにするのも電子情報データベースではできるらしい。

「館長と相談します」

「是非」

 アイビーが答えた途端、左腕の腕時計型端末が鳴りだした。彼女は断りを入れて離れる。ダービスがコーヒーを飲み干してドリンクマシンにカップを戻したときに、アイビーが戻ってきた。

「申し訳ありません。少々ややこしい問題が起こったようで、10分ほど席を外します」

 アイビーは事務室に引っ込んでいってしまった。

 その間自分の腕時計端末を見てみると、官庁からの着信が何件も入っているのが見えた。そのまま電話をかける。

「すみません。作業の途中だったもので」

「それだけ資料を大切に扱ってくれているということでよろしいですかね」

 館長の威圧的な態度にムッとするも、もう少しでこれからも解放されるのだ。ダービスはなんてことない、と自分に言い聞かせた。

「館長こそお忙しいのでは?」

「何、書類整理くらいしかやることはないよ。君と一緒に行くべきだったと激しく後悔しているくらいだからね」

 PKR郷土資料館は休館なので事務職員さんは休みを取っている。会議があるような話も聞いていないので特段用事もないのか。

「ところでそちらの職員の方に挨拶しておきたいのですが」

「少し用事が出来て外しています」

 そんな会話をしている間に、アイビーが戻ってきた。音声会話からホログラムに切り替える。こちらは見たくもないが、館長のホログラム映像が浮き上がった。

「アイビーさん、こちら館長です」

「どうも」

 ダービスが館長を紹介すると、館長は頭を下げた。

「そちらの館長はいらっしゃいますか」

「私です」

 やはりアイビーは一国一城の主だったか。館長は「それは失敬」と話す。

「もしよろしければ少しだけ見学させていただきたいのですが」

「よろしいですよ」

 続けてアイビーは電子コンテンツの話も持ち掛けた。館長は検討します、とだけ答えている。

 やれやれ、とダービスは気が重くなった。

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