資料の電子化

 ダービスが荷下ろしした資料の1つ1つ梱包材を解いていく。資料を運ぶのは引っ越し業者などが愛用する運搬ロボットを購入したのでだいぶ楽な作業だった。それより古文書と絵巻物は資料館で展示されていないものもあるため広げるにも神経を研ぎ澄ました。工芸品と彫刻はとにかく割れないよう、欠けないよう、細心の注意を払う。

 アイビーはこれらの資料を左腕首と交互に見比べながら確認する。彼女の左腕首には腕時計型の端末が嵌められているので、そこから投影された画像と見比べているのだろう。

「送ってもらった目録と間違いはなさそうですね」

 さすがのPP市立PKR郷土資料館でも目録はコンピュータでデータ化してある。目録とは資料のタイトルや種類など、資料に関するデータをまとめたデータベースのことである。事前に目録をメールで送るよう指示があったので、おそらくそれと確認していたのだろう。

「数も多いですし、PP市となるとかなり遠方かと思われます。こちらに運んできて頂くのにかなり反対されたのではありませんか?

 それに、先ほどの説明にもあった通り、こちらが赴くこともできましたし」

 実際PP市からIA電子情報館はかなり離れているし、PP市の隣のTY市にも電子情報館はある。

「近くの電子資料館にとなるとTY市にもあるんですけれど、依頼先の電子資料館を検討していたころにTY市の美術館で強盗がありましてね。急遽IA市の方に依頼することになったのですよ。しかもこちらの職員の方が腕がよく、機材もよいという噂で」

「TY市の美術館……数日ほど前の事件ですか。絵画や彫刻合わせて10点ほどが白昼堂々強奪されたという」

 アイビーはそこで口を閉ざした。唇を噛む様子は、何かを我慢しているようにも見えた。

 その事件では絵画を守ろうとした学芸員が強盗に刃物で切り付けられて死亡したと報道されている。防犯カメラは当然ハッキングされていたようで、警察も武装勢力くらいしか情報を得られていないのが現状だ。

 これを受けPP市の方としても資料の電子化を延期するか別の電子情報館に依頼するかを検討する方向になった。PP市もダービスも資料の電子化を延期などしたくない。ダービスは依頼を受けてくれそうな電子情報館を調査した結果、IA電子情報館にたどり着いたのだ。

「そんなことより、一体どうやって電子化するんですか?」

 ダービスが尋ねると、アイビーははっと我に返ったように顔をあげたかと思うと、また元の仏頂面に戻った。

「こちらの古文書や絵巻物はスキャナーで読み取り、画像データにして保存します。

 工芸品の方の方はメールでお伺いしたとおり、3D撮影を行い立体画像として保存する予定になっておりますが」

 そういえばメールにもそんな確認事項があったっけか。工芸品のような立体物は何方向かを撮影して画像のみを保存するという方法と、3D撮影して立体画像にする方法の2種類があるというので、後者の方を選んだのだ。いくら予算がつかないとはいえ、今の技術でなるべくうちの資料を再現したデータを作り公開してもらえなければ、こんなところまで資料を運んで電子資料にしてもらおうなど端から思わない。

 確認が終わり、一旦すべての資料が元の梱包になったことを確認して、いよいよ電子データ化に移行するようだ。資料を運び、見届けるという仕事があるし、第一周りには文字通り何にもない。案内されたように資料を運んで行った。 

 先に古文書や絵巻物のスキャンから始めるようだ。ダービスは古文書の梱包を再び解いた。

「どの機械で?」

「こちらです」

 案内された部屋に入る。そこにあったのは大きなスキャナーだった。

「大丈夫なんですか」

「ひと昔前の常識では、資料を一旦マイクロフィルムに保存し、それを電子データ化するのが主流でした。今までのスキャナーでは現物資料を破損させる可能性があり、スキャン環境も整える必要があったからです。

 しかしながら微弱な光源でも鮮明な画像を読み取れるものが開発されたため、直接スキャナーにかけてもほとんど資料を傷めることなくスキャンができるようになったのです。

 デメリットとしては、電子資料を再作成する際にはもう一度同じ作業を繰り返さなくてはならないことです。フィルム撮影を行えば中間作成物としてフィルムができていたので再作成もフィルムから行なえたのですが」

 再撮影など考えたくもない。

「フィルム撮影はできないのですか」

「どうしてもとおっしゃるならできなくはありませんが、出来栄えは劣りますし残念なことにマイクロフィルムの生産は終了しています」

「スキャナー撮影を」

 出来の劣る画像など再作成しても館長は納得しないだろう。

「かしこまりました。資料をこちらへ」

 アイビーはコンピュータを操作し始める。一見スキャナーに見えないが台の上に古文書を置く。コンピュータ操作が終わったらしいアイビーはカラーチャートと巻き尺を古文書の脇に置いた。それぞれ彩度と大きさを示すためだろう。

 暗室から追い出され撮影を待つ。呼ばれてスクリーンに映し出された古文書の画像を見る。表紙の画像はかなり鮮明なものだった。アイビーの許可を取って拡大鮮明化してみる。これは精巧といえる代物だ。

 中身の撮影に入るためダービスはページをめくり、撮影していく。古文書の撮影が終わって、絵巻物の撮影に取り掛かった。絵巻物は少しずつ撮影しては広げ、巻き戻し、の繰り返しだ。さすがのダービスも撮影が終わると床に座り込んでしまいそうになった。アイビーがスクリーンの前に椅子を用意してくれる。確認を終えて一旦休憩に入ることになった。

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