virtual human ナナ

@asai-nagisa

第1話 virtual human ナナ


新しいスマホに買い換えた。


大学の入学祝いに、親に買ってもらったのだ。


今一番新しい機種、iPhoneS-Gだ。機能性に優れ、デザインも良い。軽くて薄く、おまけに画面が大きい。


さっきから一刻も早くいじりたくてウズウズしている。


俺はその衝動を抑えきれず、帰り道の歩道橋で、買ったばかりのアイフォンを箱から取り出した。


意気揚々と電源をいれると、画面は漆黒から白に変わり、すぐに起動し始めた。


お決まりの一口齧られた果物が出てくる。


さっき決めた暗証番号を入力すると、画面はホーム画面に変わった。


初期設定でホーム画面に入ってるアプリに真新しいものはなかった。


天気予報、計算機、ストップウォッチ、virtual-human. グーグル、世界時計、カメラ・・・・・?


ん?


今明らかにおかしなアプリが一つあった。


ストップウォッチ機能を持つアプリとグーグルの間に、「virtual human.」と表記されたアプリがある。


なんだろうか。新しいアプリなのか。「virtual human.」なんてアプリを聞いたことがない。


だが、好奇心には勝てない。


「まぁ、金はかかんねーだろ」



興味本位でアプリをタップしてみた。途端に画面が七色に輝きはじめた。


「は?」


思わず声が漏れる。バグったのか?


俺はiPhoneの右横のボタンを長押しし、電源を落とそうとした。


だが、一向に七色の光彩は消失しない。


一瞬パニックになったが、機械が相手だ、焦っても仕方がないということに気づく。


長年の機械音痴の勘から、こういう場合は大人しく待つしかないことを熟知している。


俺は苛立ちながらも、辛抱強く、画面が普通の状態に戻るのを待った。


歩道橋の欄干に腕を置きながら、七色に輝くiPhoneの画面を凝視し続ける。


二、三分ほど経つと、徐々に光が弱まりはじめた。やがて七色の光は消失し、普通のホーム画面に戻った。


「マジでなんだったんだよ」


たとえ、この後アイフォンが正常に動いても、明日販売店に行って、異常の有無を見てもらおう。


サイバー系の知識は皆無だが、このvirtual humanとやらが、何かのハッキングアプリだったら洒落にならない。


いや此のご時世、ありえないことはないだろう。


そんなことを考えながら、俺は怪訝な顔で画面を睨みつけていた。


だが次の瞬間、驚きのあまり、危うくアイフォンを歩道橋の下に落としそうになった。


なぜなら画面の中には、俺に負けないくらい怪訝な顔をして、こちらを睨みつける少女がいたからだ。


ショートカットの黒髪に透き通るような白い肌。バランスの良い薄い唇に小さな鼻。


ほんの少しだけつり上がった目は猫を連想させた。


そんな少女が、不審者を見るように、こちらを睨んでいるのだ。


「は??」


俺の二度目の「は?」は、前回よりも大きく外に響いた。


犬の散歩をしているおじさんが、不思議そうにこちらを振り返った。


思わず口を手で覆う。


おかしい。このアイフォンおかしい。


「あのー」


おそるおそるといった様子で、画面の中の少女が話しかけてきた。


俺は結論を出した。


「故障だな」


「故障じゃありません」


即答で返ってきた。

思わず画面を二度見した。


「なん、、だ?」


「こんにちは。私はvirtual-humanのナナです」


俺はその少女の返答を黙殺し、アプリを閉じようとした。


「あ、ムダですよ?一度アプリを開いたら、戻るか戻らないかの主導権は、私にあります」


「なんなんだ、お前は」


「お前じゃありません。virtual humanのナナです」


「なんでもいいよ名前は。何者?なんで俺とテレビ電話してるの?」


画面の中のナナは、めんどくさそうに嘆息し、再度こちらに目を向けた。


「テレビ電話ではありません。私は貴方のアイフォンの中に住んでいるのです」


頭を高速回転させてみたが、サッパリわからない。18年生きてきて、「アイフォンの中に住んでいる」というパワーワードを聞いたことがない。


「これから貴方とともにに生活し、話し、学び、そしてわたしはより人間らしく進化するのです」


そう言いながら彼女は俺にウインクした。


「なるほど」


俺は右横のボタンに親指をかけ、アイフォンの電源を落とそうとした。


「待って!まだ話終わってない!」


そんな声をフル無視し、容赦なく電源を切った。画面は漆黒に変わり、その中には怯えた表情の男が映っている。


「兎に角、一度家に帰ろう。まず落ち着こう」






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