第3話

 まだ日が顔を出しておらず薄暗い早朝に城内にある軍の野外訓練場で俺は木剣を手に取った。雪も解け、春も随分近づいているがまだまだ朝は冷え込む。



 ゆっくりと体を温めほぐすように丁寧に剣を振るう。


 五歳より剣の指導を受け始めてからの日課であるが14年欠かさず毎朝続けている。


 その成果もあってか最近では国一の剣術使いだともてはやされてはいるが実際のところどんなもんだろうか。


 確かに城内で俺の手合わせができる相手はほとんどいなくなってしまったが若輩の王である自分に気を使っているだけではないのかと思ったりもする。



 おっといけない手が止まっていた。



 無心に木剣を振り続けていると背後から遠くに気配を感じたがよく知る男の物なので気にせず木剣を振るう。



「お早いですな、若!おはようございます。今日も精が出ますなぁ」



 初老といってもいい年齢だが鍛え上げられた体躯と顔に深く刻まれた複数の傷が威圧感を醸し出し歴戦の戦士然とした男が近づいてきた。



「おはよう、ルドヴィ。てゆーか、若はやめてくれよ。もう俺はこの国の王なんだから」


「おお、それは大変失礼をいたしました、我が偉大なる王よ。ひざまずいたほうがよろしいでしょうか?」



 大げさなその物言いは完全に俺をからかっている。



「はぁ。もういいよ。それで今日もするの?」


「がははっ。そうですな。本日もお相手いたします」



 ルドヴィは俺に唯一剣で対等に手合わせできる。


 俺の剣の師であり、信用の置ける臣下の一人だ。



 先日軍の総指揮官を退き軍最高顧問として軍の相談役を担っている。

本人曰く暇になったとのことでここ最近稽古に付き合ってくれている。



 一時間ほど剣を打ち合い、朝の訓練を終えた。



「テオは総指揮官の業務にはなれた?」


「出来の悪い愚息ではありますがまぁ何とかやっておりますわい」



 テオはルドヴィの息子だがおおらかな父親とは違い愚直な性格でくそ真面目な男であるがルドビィとは違った意味で彼もまた兵士に信頼されている。



「嫁の一つでももらえば多少は固さも抜けていいと思うのですがのぅ。あやつまるで興味を示さんので困っておるのですよ」



 まじめで少々表情は硬いが整った容姿をしており軍の総指揮官で爵位も伯爵であるのだから婚姻の申し出はひっきりなしに来ていて他国からも打診されているようだが本人が全て断っている。


 あまりに女っ気がないので男色ではないかと噂もたつほどだがその真相は軍の兵の多くが知っている。


 以前一度お忍びで兵舎の食堂を訪れ非番の兵たち同席し酒を飲んだのだが、テオは酒に弱くすぐに酔いつぶれた。


 いい機会だと女性関係を問い詰めると実は15年も思いを寄せる意中の相手がいるそうだ。


 相手は下町のパン屋の娘。

 平民だ。


 伯爵という立場故正妻として迎えることが難しいと悩んでいるらしい。


 他の兵士から妾でいいんじゃね?と声を掛けられてからはもう大変でいきなりテオがその兵士を殴りつけて取っ組み合いの喧嘩になってしまった。


 なぜか酔いが回った他の兵士たちも巻き込まれ、ついでに俺も巻き込まれ大乱闘に。しばらくたって野獣の様な叫び声が聞こえてきて喧嘩は止んだ。


 なぜか最初に喧嘩してたテオと兵士の一人が抱き合って周りも憚らずわんわん泣いていた。


「俺は!俺には!カミラだけなんだ!愛してるんだぁ!」と叫びながら。


 叫びを聞き巻き込まれて喧嘩していた周りの兵士たちからも、そうだ!と同調するものや、それでこそ男だ!と応援するもの、若いな...と悟った様な顔をして呟くものがいたりとカオスだった。


 最終的に全員でなぜか涙を流しながらよくわからん歌を大合唱した。


 あとで酔わせた原因ということで宰相に俺がめちゃくちゃ怒られた。


 テオの片思いはすぐに兵士の間に広がりテオの愚直さに好印象を受けたようだ。



「そういえば若も19歳。そろそろ身を固めてはどうです?」


「とりあえず保留ってことで」



 俺にもテオの様に一途に愛せる女性に出会えるのだろうか。

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