第19節 突然、チャイムが校舎に鳴り渡った。
突然、チャイムが校舎に鳴り渡った。
俺は顔を上げる。
そして暫しの間、呆然とした。
スピーカーから流れてくる音の連なりが何を意味しているのか理解できなかったのだ。
しかし腕時計に目を遣ると否応なしに認識せざるを得なくなる。
昼休みが終わろうとしていた。
もうそんなに経ったのか、思わずそう呟いた。
体感として時間の経過があまりにも早い。
まだ全然、読むべきことを読めていない。
できるものならこのまま秋津を読み続けていたかった。
しかし昼休みが終わっても俺が教室に戻らないことがクラスメイトたちに知れたらまずい。
強い疑いを招くのは間違いないだろう。
ではここで彼女を読むのを一旦中断するべきだろうか。
確かにこれまでならそうしただろう。
しかし今は状況が違う。
中断したところで次にチャンスがあるかどうかも分からないのだ。
俺は判断に窮してベットの傍に立ち尽くす。
そして恨めしい気持ちで彼女の体表の文章を眺めた。
すると突如としてある文字の連なりが目に飛び込んで来る。
それは先ほどまで読んでいた箇所の、すぐ下の辺りに記されていた。
「………。いまやあの時のことを話すべきときが来た。あの日、学校帰りに立ち寄った駅前の書店で爆発が起こったその時、君が経験した出来事のことを。………」
それはずっと読みたいと願い、それを読むために学校生活を台無しにするリスクまで負った、あの事件についての記述を予告するような文だった。
俺は身内から湧き上る興奮を抑えることができない。
文章を間近で確認しようと秋津の腰を無造作に掴んで引き寄せた。
眠る彼女の喉からううと苦しげな声が漏れる。
同時にか細い腕が宙空に差し出されてゆらゆらと左右に揺れた。
まるで這い寄る覚醒の気配を払いのけようとしているかのようだ。
じきに目を覚ますかもしれないと思ったが、そんなことを気にかけている余裕は無かった。
教室に戻らなければいけないということも、もはや思考に登らなかった。
書かれていることを1秒でも早く読み通すことしか考えられなかったのだ。
狭窄していく視野の中で、俺は自身の身体が一個の巨大な網膜になっていくような感覚を覚えた。
ただ文字の像を受け取って、その像をどこかへと送るだけの感覚器官に。
そして俺の意識は彼女の肌の上の、文字の群の中へと沈潜していった。
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