気を失った君を助けたのはなんと加藤だった。

 気を失った君を助けたのはなんと加藤だった。不思議なこともあったものだ。きっと虫のしらせか何かで君の危機を感じ取ったのだろう。駆け付けてきた彼に本の中から掘り起こしてもらうことでようやく君は命の危機を脱した。部屋には暗闇の中で見たものの痕跡は何も残ってはいなかった。虫の姿などどこにも無かったし、いくつかの本をめくってみても文字の死骸が散らばったあの奇妙なページを見つけることはできなかった。君は加藤と一緒に散らばった本を片付け始める。どれも大事な祖父の蔵書だったが、今の君にとっては触れるのも恐ろしいものだった。なぜなら大量の本が作るおびただしい物陰のうちのどこかから、気を失う直前に見たあの甲虫が今にも這い出してくるような気がしてならなかったからだ。恐ろしい予感を打ち消そうと君は一緒に本を片付けていた加藤に話しかけた。「やっぱり、おかしいですよね」、「……ティッシュの話?」加藤は的外れな言葉を返してくる。なんでこんな状況で鼻に詰めたティッシュの話をしなければいけないのか。君は呆れたが、それでも加藤と話していくる内に段々と気がほぐれていくのを感じた。やがて本を片し終える頃には、ほとんど虫の気配に怯えることも無くなっていた。話の内容などどうでもよかったのだ。ただ話しかけ、応答される。それだけで神経はずいぶんと安らいでいた。君は加藤に素直な感謝の気持ちを抱いた。だから彼が帰ろうというときには玄関の外まで見送りに出たし、別れ際にまた話しましょうと伝えもしたのだった。……いったい君にとって加藤の存在はどんな意味を持つのだろうか。それは僕にもはっきりと分かっている訳じゃない。ただ僕は彼に期待をしているのだ。以前、話したことがあっただろう。クラスの中で君と彼だけが爆発を経験したのには何か特別な理由があるからじゃないかって。僕には分かる気がする。君が彼の陰気さや、人を寄せ付けない傲慢さに嫌悪を覚えたのも、おそらく同じ理由からだ。結局のところ、君と彼は似ているのだ。君が反感を覚えたのも、まさに自分自身の欠点を彼の中にありありと見たからに他ならない。だけどそれは決して彼を避ける理由になりはしない。こう思うのだ。彼には僕の代わりは務まらないにしても、友人にならなれるかもしれない、と。だから彼ともっと話をしたまえ。色んなことを、たくさん。………

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