いくらなんでも言い過ぎだった。

 いくらなんでも言い過ぎだった。別れ際に「もう話しかけないでください」なんて。君らしくもないことだ。いくら加藤が嫌われ者だからって、あんな突き放すようなことを言わなくてもよかったはずだ。彼は彼なりに爆発のことを真剣に知りたいと思っていただけなのだ。爆発を体験したのは君も加藤も同じなのに、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。その日、学校から帰った君はさすがに罪悪感を覚えていた。「でもあの人からこれ以上話しかけられたら困る。彼ってクラスで浮いてるし」冷蔵庫の狭間で寝転がりながら、君は言い訳を口にする。君だって浮いてるじゃないか。すぐに僕がそう指摘すると、君はそんなことは分かっているという風に首を振った。「ごたごたに巻き込まれたくないの」そう言って布団を引被る君。君が加藤のことを気に入らないのは知っている。その理由だって、もう何となく分かってしまっている。でもだからこそ、僕は思うのだが、君は彼ともう少し話をしてみるべきだ。君は布団に潜ったまま一言も発しようとしない。僕はさらに続ける。君にだって既に解っていることだが、君はいずれ僕の元から離れていかねばならない。あの加藤という男は、その一歩を踏み出すためのよい機会を提供してくれるかもしれないのだ。「でも、何も彼じゃなくったって……」君は弱々しく呟く。たしかに彼じゃなくてもいいのかもしれない。でも彼には、どこかそうと言い切れないようなところがある。大勢のクラスメイトの中で君と彼だけがあの爆発という出来事を共に経験したのは、偶然ではなく何か理由があるからではないか。少なくともそのような可能性を考えようともしないのは、公平に言って不自然なことだ。そこには君がまだ気づいていない特別な理由があるような気がするのだ。だから、加藤に話しかけてみたらどうだろうか。その特別な理由を探るために、そしてもう話しかけるなと言ってしまったことの罪滅ぼしのためにも。君は何も答えようとせず、結果としてその日の僕らの会話はそこで打ち切りとなった。だが君は僕の助言をそのまま忘れてしまった訳では無かった。数日後、学校での休み時間に君は自分でも驚くくらいすんなりと加藤に声をかけた。「ちょっと話、いいですか」「ん? あ、ああ……」彼は少し驚いたような顔をしていた。声はかけたものの、君は気おくれから少し離れた場所に立っていた。加藤はそんな君を怪訝そうな顔で眺めていたがやがて「なんの、話だよ」と訊いてきた。「仮にですよ」君はそう前置きしてから爆発の話を切り出したのだった。その後は加藤から嫌味を言われたりしたものの、なんとか爆発当日の情報を交換することができた。話の途中から君自身が仮定の話だというを忘れて、いつのまにかただの事実として話してしまっていたが、そんなことは大した問題では無かった。加藤と話をするというとりあえずの目標を達成できた君は満足だった。君はいいところで話を切り上げてその場から離れようとする。すると加藤からちょっと待てよと呼び止められる。そして思いもしなかった質問を受けた。「この前話していたお前の「恋人」のことなんだけど」「彼のこと?」それは僕についての質問だった。「その、「彼」がどんな人なのか教えてくれないか?」「どんな人……」君は少し迷った後で「分かりません」と答えた。正直に答えただけだったが加藤は腑に落ちなかったらしく、さらに質問を続ける。「分からない? 自分の恋人なのに?」そんなことを訊かれても事実なのだからしょうがない。「はい。私は彼のことをほとんど何も知らないんです。彼の声を聞いたことも無ければ、顔だってよく分からない」君の言葉を聞いた加藤は暫し考え込んでいたが、やがておもむろに口を開いた。「あなたの恋人の名前は何ですか?」「私の恋人の名前は……」そこで君は言い淀んだ。続く言葉を忘れてしまった訳ではない。自分がこれから言おうとしていることが、急に恥ずかしく感ぜられたのだ。しかし何を恥じる必要があるだろうか。君は堂々と思っていることを話せばよいのだ。こう言い給え。「私の恋人の名前は『孤独』です。声も顔も分からなくても、彼のことを本当に愛しているんですよ」と。


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