僕は君が悪くないことを誰よりも知っている。
僕は君が悪くないことを誰よりも知っている。クラスの女子たちは君のことを誤解している。寡黙な人間というのは、言葉を少ししか持っていない者のことではないのだ。むしろ寡黙な人間の内側には、おしゃべりな女子たちなどよりも遥かに大量の言葉が、いつだって渦巻いている。彼女たちにはそのことが理解できないのだ。だから気に病むことなんて無い。君は、特別な存在だ。特別だからこそあの爆発に立ち会うことができたのだ。君はちっとも悪くない。他の者は誰も知らなくても、僕だけはそのことを知っている。……。あの加藤という男子生徒の存在が君の意識の上に初めて特別な意味をもって表れてきたのは、間違いなく爆発の翌々日のことだったろう。爆発のあった日、事件現場にほど近い場所で経験した出来事に翌日になっても心の整理を付けられなかった君は、とても登校するような気分になれず初めて学校をズル休みした。その次の日、つまり爆発の翌々日、いまだ頭の中は靄がかかったようだったがさすがに二日連続で休むのは気が引けた君は登校することにした。一日ぶりに自分の教室に足を踏み入れると、君は部屋を包む異様な空気に気づく。君は注意深くまわりを観察してみた。女子たちのひそひそ話に聞き耳を立て、男子たちの視線の動きを追う。そしてやがて、異様な空気の中心にいるのが、どうやら加藤であるということに君は気づいたのだった。後で知ったことだが加藤は爆発の翌日にクラス中の生徒に「爆発があったのを知っているか」と聞いて回ったそうだ。しかし爆発を見たと答える者は誰もおらず、それでもしつこく聞きまわる加藤にやがてある生徒が「爆発なんてあったワケない」と言い放った。すると加藤は逆上してその相手と口論になったというのだ。君は偶然にその場に居合わせなかった幸運に感謝した。もし居合わせていたらきっと動揺して加藤に目を付けられていたかもしれなかったからだ。その日以降、加藤はクラスメイトたちからよくからかわれるようになった。彼はその度に猛烈に言い返したものだから、結果すっかり煙たがれるようになってしまった。君はというと爆発のことは口に出さず事態を傍観していた。なるだけ諍いに巻き込まれたくなかったからだが、クラスですっかり浮いてしまった加藤を見て少し気の毒にも感じていた。君は彼が嘘を吐いていないことを知っていたからだ。その後、クラスでは比較的平穏な時期がしばらく続いた。衝突があったとしても、せいぜいクラスの男子がお決まりのように爆発の話を持ち出して加藤を軽くからかい、彼も毎回同じ反論をして後は黙ってしまう、という程度のものだった。そんな中、突然に加藤が自宅謹慎処分になるという事件が起こった。クラスでは処分の理由について様々な憶測が飛び交った。中には加藤がわいせつ目的で幼女誘拐未遂事件を起こしたというようなものもあった。だが学校側から理由が公表されることも無く、不思議と事件の詳細や被害者(もしいればの話だが)についての続報も無かったので、結局処分の理由は分からずじまいとなった。ほどなく謹慎処分が解けた加藤がしれっと復帰して、クラスにはまた以前と同じ日々が帰ってきた。しかし加藤の謹慎前と変わったこともあった。それは君にとっては迷惑な変化だった。なぜか加藤が君につきまとってくるようになってしまったのだ。後をつけてくる彼の様子は奇怪で、はじめのうちなど君はストーキングされていると感じたほどだった。結局、彼はこちらが爆発のことを知っているということに勘づいて探りを入れてきていただけでストーカーではなかったのだが、誤解が解けても君の中の彼に対する反感は消えなかった。彼のあの陰気なところ、他人を寄せ付けないようなところに君は自分でも説明し難い否定的な感情を覚えるのだった。一度加藤と廊下で話したときなどは彼の口からいつか嗅いだあの悪臭、暑い部屋に放置された本が発する腐臭に似た臭いが漂ってきたことがあった。そのとき君は思わず彼の面前でむせてしまった。そして彼と別れた後も、いつまでも鼻腔に臭いがこびりついているように感じたのだった。後で君はこんなことを考えた。彼の息が臭うのはきっと歯磨きをしていないからじゃない。それは彼の使う言葉が傷んでいるからだ。彼の言葉には、言葉を新鮮に保つ何かが欠けているからだ、と。
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