第3節 「は?」

「は?」


 予期せぬ答えに思わず声が出た。


 いったい秋津はなんで急に自分に恋人がいるなどと言い出したのだろうか。


 しかもなんか嘘っぽいし。


「私みたいな……」


 秋津はわなわなと唇を震わせていた。


「私みたいな地味で友達もいないような人間だったら自分でもイケるかもって思ってるんでしょうけど、迷惑なんです。

 そういうの」


 秋津の言葉から妙な誤解を受けていることが分かった。


 どうも彼女は俺に好意を持たれて付け回されていると思ったらしい。


 俺は腹立たしいような悲しいような、何とも言い難い感情を味わった。


「いや、別にそんなつもりじゃ……」


 俺は誤解を解くために釈明しようとした。


 しかし彼女はこちらの言葉など聞こうともせず一方的に話し続ける。


「たしかに私はこんな人間ですけど……、彼はそんな私のことを誰より理解してくれて、いつだってそばにいてくれるんですから。

 彼は、彼は……」


 話題が妙な方向にどんどん脱線していきそうだったので俺は話の流れを変えようと、


「いや、彼氏のことは別にどうだっていいんだよ」


そう言った。


 すると彼女は逆上して喚き立てる。


「どうだっていいって何ですか!

 あなたに彼の何が分かるんですか!」


 俺は辟易して、無理やり話題を変えるために大声を上げた。


「爆発だよ、爆発!」


 すると彼女はようやく黙った。


 そして黙るのと同時に彼女の顔色が変わったのに俺は気づいた。


「俺はただ爆発事件のことで話がしたかったんだよ。

 お前が何か知っているだろうと思って」


 俺が諭すように言うと彼女は困惑したような表情を浮かべた。


 しかし「爆発」という言葉に対する彼女の反応はやはり他のクラスメイトたちのものとは違っていた。


 彼女には他の連中のようにこちらを小馬鹿にするようなところが無く、その態度にはどこか神妙なところすらあった。


「知っていることがあったら何でもいいから教えて欲しいんだ」


 俺は頼み込んだ。


 すると彼女は俯いて暫し何かを考え込んでいた。


 ややあってから彼女は顔を上げたが、その口から出てきた言葉は期待外れなものだった。


「爆発のことなんて、知りませんから」


 俺にはその言葉はとても信じられなかった。


 なおも食い下がろうと相手の顔に息のかかる距離までにじり寄ると問い詰める。


「そんなこと無いだろ。お前は……」


 すると秋津は顔を歪めて鼻を手で覆う仕草をした。


「あっ、悪い……」


 彼女の顔に口臭を吐きかけてしまったのかと思い、俺は口をつぐんだ。


 ついさっき歯磨きをしたばかりだったのでそんなに臭うものだろうかと思わないでもなかったが、なんだか口を開けて話しづらくなってしまった。


 秋津は2、3度咳込んでから息を整えると、


「とにかく何も話すことはありませんから」


と言い、さらにこう宣言した。


「それと、もう私に話しかけないでください」


 言い終えると彼女はその場から走り去って行ってしまった。


 一人取り残された俺は秋津から受けた拒絶の言葉に少々ショックを受けていた。


 しかしショック以上に頭の中の大きな部分を占めていたのは、やはり彼女は何か知っているなという感触を得られた喜びだった。


 俺は改めて、もっと秋津に探りを入れていこうと決意した。


 しかし少々困ったことになったとも感じていた。


 秋津からもう話しかけるなと言われてしまったからだ。


 あの様子では彼女の要求を無視してこれ以上話しかけても、おそらくまともに取り合ってくれないだろう。


 今後はやり方を変える必要がありそうだった。


 そんなこと思案しながら廊下に突っ立っていると、後から声を掛けてくる者があった。


「何やってるんだよ、加藤」


 振り向くとそこにいたのは隣のクラスの晴海圭太という男子生徒だった。


「げっ」


 俺は思わずそう口にしていた。


 この男とは謹慎になる前にひと悶着があった、というかコイツは俺が謹慎になった原因みたいなものだった。


 圭太の隣にはよく一緒にいるクラス委員長の女子もいた。


 彼女は俺と視線が合うと困惑したような顔をしたが、やがて申し訳程度に会釈をした。


「今逃げて行った女子はお前のクラスの秋津となめだろ。

 なんか困らせるようなことでも言ったんじゃないだろうな」


 圭太はこちらを咎めるように言った。


 俺は反感を覚え言い返す。


「お前には関係ないだろ。

 首を突っ込むなよ」


 すると相手も反論してきた。


「秋津はオレと同じ文芸部員だから無関係って訳じゃないよ。

 まあこっちはほとんど幽霊部員だから彼女とは一度も話したこと無いけど」


 秋津が文芸部員だというのは初耳だった。


 まあ彼女はいつも読書ばかりしていたから意外では無かったが。


「お前が謹慎開け早々にまた悪さでもしてるんじゃないかって不安なんだよ、こっちは」


 圭太が「悪さ」と言ったのは謹慎する原因となった俺のある行動のことだ。


 以前、圭太が学校に小さな女の子を連れてきたことがあった。


 俺はその子を学校でたまたま見かけ、すぐに爆発事件があったとき彼女を現場近くで見ていたことを思い出した。


 爆発のことを知る人間を探していた俺は、彼女から話を聞きたいと思った。


 だから俺はうさぎ小屋の前に一人でいたその子を学校の屋上まで連れて行った。


 屋上ならば人目を気にせずゆっくりと話ができると思ったからだ。


 けどそれに気づいた圭太たちが誘拐事件だと騒ぎ出した。


 その後、俺は圭太と取っ組み合いなんかを演じた挙句、女の子を連れだしたことが学校にもバレて謹慎処分になってしまったのだ。


 こっちはただ話を聞きたかっただけなのに、ひどい話だ。


「違う。俺はただ秋津に話を聞きたかっただけで……」


 こちらの行動を悪事と決めつける圭太に憤慨して俺は言い返した。


 すると圭太は呆れたように言う。


「美々面を誘拐したときもそんなことを言ってたじゃないか。

 まだ爆発事件のことを調べてるのかよ」


「そうさ。

 そして秋津となめはまず間違いなく事件のことを知っている」


「秋津が?

 秋津も爆発を見ていたのか?」


 俺は圭太の態度の変化に少し驚いた。


 以前は俺が爆発の話をしてもほとんど信じていなかったように感じた。


 でも今は前とは違い、俺の話を半分くらいは信じているような様子だった。


 俺は少し気をよくして言葉を続けた。


「ああ、きっと見ていただろうな。

 いや、見てただけじゃなくもしかしたら秋津が爆発事件の犯人なのかもしれないんだぜ」


「犯人って、存在しな……ほとんどの人が感じることもできない爆発に犯人もなにも……」


 圭太が存在しないと言いかけたのが気になったが、俺はかまわず言い放つ。


「とにかく俺はあいつに探りを入れるつもりだから。

 邪魔するなよな」


 圭太は少し難しい顔をしていたが、やがて、


「人を困らすようなやり方じゃないなら、文句無いけどさ」


 そう言って引き下がった。 


 圭太をやり込めたことに満足した俺は移動先の教室に向かって悠々と歩きだした。


 立ち去り際、俺はふいにあることを思い出す。


 そしてその場に残っていた圭太の方に向きなおすと尋ねた。


「そういえばあの女の子、美々面って言ったか、彼女は今どうしてるんだ?」


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