第2節 俺はまず秋津となめを観察することから始めた。
俺はまず秋津となめを観察することから始めた。
そして観察する中で新たに気づくことの多いのに驚かされた。
それほど地味で存在感が薄い彼女を今まで気に掛けることが少なかったということだろう。
まず彼女は思ってたよりも身長が高い。
おそらく170以上はあって俺よりも高い。
以前から女子の中では背の大きい方だとは思っていたが、いつも猫背気味で俯きながら歩く様子を見ていたのでなんだか実際よりも小さく感じていたのだ。
また、むやみに背が高いだけでなく体型もよく均衡がとれていた。
すらりと伸びた四肢も高い背に似つかわしく、その体つきは間違いなく見る者を感心させるある種の美しさを備えていた。
そして肌が大変に白い。
それは黒いインナーからわずかに露出した手先を見るだけでも明らかだった。
顔などもほとんど病的なくらいに青白く、そのせいで意外と造作が整った顔つきはあまり印象に残らない。
代わりに見た者の記憶に残るのは目の下を縁取る巨大なくまだ。
その濃いくまは覇気の無い眠たげな目よりよほど強い印象を見る者に与えるのだった。
よくよく見れば個性的なそんな容姿を、彼女はなるたけ目立たせぬように身を縮めながら学校生活を送っていた。
空き時間に教室にいてもクラスメイトと話すことはほとんど無く、いつも小説かなにかを黙々と読んでいる。
読書している間、彼女はほとんど身動きをしなかった。
ページをめくる以外にする動作といったら時折すんとか細く鼻を鳴らした後、手の甲で鼻の孔を覆うような仕草をすることだけだった。
おそらく嗅覚が敏感で周りのにおいが気になってしまうのだろう。
そして本を読んでいないときは、ただぼーっと窓の外を眺めているのだった。
俺は少し観察をしただけで秋津について色々なことを知ることができたような気がした。
しかしそれだけでは肝心なこと、つまり彼女と爆発の関係を知ることはできない。
結局のところ、俺は彼女と話さなければならないのだろう。
だが俺にはいったいどんなタイミングで話しかけたらいいのか分からなかった。
クラスメイトが大勢いる教室の中では彼女も話しにくいだろうから、できれば二人きりのときに話したい。
でもいつどこで彼女と二人になればよいのか、なかなかいい考えが思いつかない。
授業中にそんなことを考えながら先生の話を聞き流していると、終了のチャイムが鳴って休憩兼教室移動の時間になった。
秋津が荷物を持って教室を出ると俺もそれに続いた。
次の授業が行われる理科室に向かってクラスの生徒たちが三々五々長い廊下を歩いていく。
一人歩く俺の数メートル先を、やはり秋津が一人で歩いている。
自然その後ろ姿を観察することになったが、しばらくすると彼女の身に不思議なことが起こった。
歩き方が突然ぎこちないものに変わったのだ。
まるで普通なら意識しなくても自然にできるはずの「歩く」という動作を急に忘れてしまったかのようだった。
彼女の歩き方は、まず左足を前に出し、次に右手を前に出しつつ、同時に左手を後に振って、などといちいち頭の中で考えながら手足を動かしているかのようで、ひどくぎくしゃくしていた。
しばらくそんな秋津の背中を怪訝な面持ちで眺めていると、やがてどうやら、彼女の奇妙な動きの原因は俺だということが段々分かってきた。
つまり彼女は後を歩く俺を警戒してひどく緊張していたのであんな妙な歩き方になっていたのだ。
おそらくこちらからストーキングでもされていると思っているに違いなかった。
俺は腹立たしかった。
こちらは別に危害を加えるつもりなんて無いのに何を警戒する必要があるのだろうかと思ったのだ。
しかしこのまま相手の後をつけ続けるのも気まずかったので、彼女を追い抜いて先に行ってしまおうと考えた。
俺は歩くスピードを上げた。
すると俺と全く同じタイミングで秋津も早歩きしだしたため、二人は再び等間隔で歩くことになってしまった。
俺はばつの悪い思いをして、秋津の方も一層身体の動きががたぴしし始めた。
そこで追い抜くのは諦めて今度は逆にスピードを落として彼女を先に行かせようと思った。
こちらが歩く速度を落とせば秋津はどんどん先に進んでいって距離が開くことになるだろう。
俺は歩を緩めた。
すると秋津も同じことを考えたようで、またいっしょのタイミングでスピードを落としてしまった。
二人はまたもや等間隔で歩かねばならなくなってしまった。
俺は無性にイライラして思わず声を上げた。
「あのさあ!」
すると秋津は暫く固まっていたが、やがて恐る恐るこちらに振り向いて、
「は、はい……」
蚊の鳴くような声で答えた。
そんな予定は無かったのだが、俺はもういっそこの場で彼女を問い詰めてしまおうと思った。
ちょうど周りに人もほとんどいない。
「話があるんだけど」
俺はそう前置きして爆発の話を切り出そうとした。
すると秋津から意外な答えが返ってきた。
「わ、わたし、恋人がいるんですからね」
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