第16節 圭太たちが昇降口で外履きに履き替えていると委員長が驚いた声を上げた。
圭太たちが昇降口で外履きに履き替えていると委員長が驚いた声を上げた。
「あっ、美々面ちゃん靴どうしたの?」
美々面は靴を片方だけしか履いていなかったのだ。
「どこかで失くしたの?」
委員長に訊かれて美々面は分からないという風に首を傾げた。
圭太は少し前にうさぎ小屋の傍で美々面の靴を見つけていたことを思い出した。
おそらく加藤にさらわれた時に脱げてしまったのだろう。
あの時は動転していて靴を拾うのを忘れていたが、まだきっと同じ場所に転がっているに違いない。
「さっきうさぎ小屋のところに落ちてるのを見たよ。
僕が拾ってくるからちょっとここで待ってて」
そう言ってグラウンドに向かおうとした圭太の腕を美々面が掴んだ。
「うわっ……と、どうしたの?」
美々面は何も答えずただ強い力で圭太にしがみ付いている。
「あんなことがあったからきっと圭太くんと離れるのが怖いのよ。
代わりに私が行ってくるね」
委員長はそう言って自分が拾いに行こうとした。
すると美々面は今度は空いていた方の手で委員長の腕を掴んでしまった。
圭太と委員長が困っていると美々面は、
「みんなで行くの」
少し怒ったように言った。
圭太と委員長は顔を見合わせた。
「じゃあ、一緒に行こっか」
「そうだね」
結局、美々面の足が汚れないように圭太がおんぶしながら三人でうさぎ小屋に向かった。
小屋に着いてみると美々面の靴は圭太が見つけたときと同じ場所にあった。
「あっ、あった! よかった~」
委員長は自分の靴でも見つかったみたいに喜んだ。
自分で選んで美々面に買ってあげた靴だから思い入れがあるのかも知れなかった(お金を出したのは先生だが)。
彼女は靴を拾って手で汚れを払うと、圭太におぶわれている美々面の足を取って履かせてあげた。
圭太の背中から降りると美々面は嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねた。
「嬉しそうだね、美々面ちゃん」
美々面は大げさなくらい大きく頷いた。
「じゃあ、帰るか」
圭太の言葉に、
「あっ、私も一緒に」
委員長がそう言ったので三人は連れだって歩き出した。
はじめ三人はバラバラに歩いていた。
しかしいつの間にか美々面が圭太と委員長の手を握って、三人が一つなぎになっていた。
自然、美々面の歩幅に合わせてゆっくり歩くことになった。
広いグラウンドを時間をかけて歩きながら、圭太と委員長は色んなことを話した。
美々面のことや加藤のこと、学校生活での取るに足らない些細なことも。
二人の会話の応酬は滑らかで少しも淀むことが無かった。
美々面は話には加わらなかったが心地よい音楽でも聴くように二人の会話に耳を傾けていた。
いつ終わるとも知らない、それでいて少しも倦むことのない会話を続けながら圭太は不思議な感覚を覚えていた。
思えば美々面が現れる前は委員長とこんなにたくさん話をしたことは無かった。
お互いにただ同じ教室で授業を受けているだけの、ただのクラスメイトだった。
でも美々面が部屋にやって来てからは何かと一緒にごたごたに巻き込まれ、巻きこまれる中で委員長との間に不思議な
「そういえば美々面ちゃん、あのときに買ったバニースーツ、ちゃんと着てる?」
委員長が突然そんなことを言い出す。
「え、アレは……」
美々面が答えようとするのを遮るように圭太は言う。
「あ、アレはね、なかなか着せる機会が無くって!
バニースーツ着て行ける場所ってそうそう無いから」
ショッピングモールで委員長が買ったバニースーツだが、実は今は先生に預かってもらっているのだ。
何故かと言うと、もし美々面のことが周りに露見して問題になり、最悪警察にでも踏み込まれたときに部屋にバニースーツがあったらいかにもマズいと思ったのだ。
あんなモノが見つかったらもう言い逃れのしようがないではないか。
だから圭太は嫌がる先生に半ば無理やりバニースーツを入れた紙袋を押し付けてきたのだった。
「実はこのまえモールで美々面ちゃんのバニースーツ姿、写真に撮り忘れちゃってたんだ。
すごくかわいかったのに……」
「ふ、ふーん、そうだったんだ」
「そうだ!
今度、圭太くんの家に写真撮りに行ってもいいかな?
家の中で着てもらうなら別にいいでしょ?」
「えっ、ウチに?」
圭太が意外そうな声を上げると委員長は途端に弱気になる。
「う、うん。
ダメかな……」
「い、いや大丈夫! おいでよ!」
委員長の表情がぱっと明るくなる。
「ほんと? じゃあ今度ね」
「わたしは着たくな……」
美々面が言いかけたのをすかさず圭太が打ち消す。
「いつでもいいからね!」
その後、圭太と委員長の間に少しぎくしゃくした空気が流れたが、話を続けるうちにすぐに元通りの打ち解けた雰囲気に戻った。
いつ終わるともしらない話を続けながら、圭太はバニースーツを先生から返してもらわねばならないななどと考えていた。
校庭を楽しそうに話しながら歩いていく三人の姿を校舎の窓から見下ろす者がある。
眉間に刻まれた深い皺、真一文字に結ばれた口、そして老眼鏡の奥の怜悧な目。
「先生」である。
彼が注視していたのは少年だった。
同世代の少女と話す少年の、目まぐるしく変転する表情だった。
何の屈託もなく笑ったかと思うと、ちょっとしたことですぐに恥じ入り、ふさぎ込んだかと思えばその直後には馬鹿笑いをしている。
その表情のどれもが自分と一緒にいるときには見せたことの無いものだ、と彼は思った。
彼は金縛りにでもあったかのように窓の傍で立ち尽くしたまま、少年の背中を長く目で追っていた。
やがて校門の角を曲がって少年たちの姿が見えなくなると、彼は難儀そうにその枯れ木を思わせる長身を職員室へと運び始めた。
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