第15節 圭太と先生は倒れこんでいた加藤を起こすと……

 圭太と先生は倒れこんでいた加藤を起こすと両脇を抱えて塔屋の中に連れて行った。


 あの奇妙な能力で浮いて逃げないように屋上へ出る扉も閉めてしまった。


 もっとも加藤は空中から落ちた時に腰を強かに打ったようですっかり気が弱っていて、逃げる心配はないように思われた。


 美々面を拘束していたバンドも委員長が教室から取ってきたハサミで切ってやることができた。


 先生はしばらく加藤の様子を観察していたが、彼がすっかり大人しくなったのに安心したようで、


「私は一旦職員室に戻って他の先生たちに連絡を取らなけらばならん。

 お前たちはここで加藤君を見張っていなさい。

 じきに戻るから」


 そう言って圭太たちを残して下に降りて行った。 


 圭太たちは加藤が変な行動を起こさないように監視を続けた。


 しかし加藤は床に転がって時々腰をさすりながら痛そうにうめき声を上げるだけであった。


 圭太は段々加藤のことが気の毒になってきた。


「大丈夫かよ。

 救急車でも呼ぼうか?」


 加藤は気遣われたのが癪に障ったのか露骨に嫌そうな顔をして、ぷいと顔を背けた。


 その様子がいかにも子どもっぽくて圭太は思わず吹き出しそうになった。


 少し警戒を解いた圭太はたずねる。


「なんで美々面をさらったりしたんだよ」


 加藤はそっぽを向いたままで答えた。


「……言っただろ。

 その子と話をしたかっただけだ」


「だったらさらったりしないで普通に話せばよかっただろ」


 圭太に言われて加藤は口ごもっていたが、やがて小さな声で呟いた。


「お、俺が話しかけてるところを誰かに見られたら不審者として通報されるかと思って……」


「さらった方がよっぽど通報されるだろ!」


 圭太の指摘に反論できず、加藤はがくんとうな垂れた。


「それで、美々面ちゃんと何を話したかったの?」


 警戒を緩めた様子の委員長も加藤に質問した。


「お前らに話してもどうせ理解できない」


 加藤はぶっきらぼうに答えた。


「そう言わないで話してみたら?

 ここに美々面ちゃんもいるんだし聞いてもらえばいいじゃない」


 委員長に促されて加藤は暫し考え込んでいたが、やがて吐き捨てるように呟いた。


「爆発だよ」


「「え?」」


 圭太と委員長の声が重なった。


「本屋で爆発があった後、俺はその子がその場にいるのを見たんだ。

 あの先生と一緒にな」


「爆発って、あの作り話だったっていう?」


 委員長の言葉に加藤は喰って掛かる。


「嘘じゃない! 本当にあったことだ!」


「ご、ごめんなさい」


 相手の剣幕に委員長は思わず謝った。


 ムキになる加藤を見て圭太は職員室で加藤が先生と言い争っていたことを思い出した。


 たしかにあの時加藤は先生に爆発を見ただろうと問いただしていた。


 でも先生はそんなものは見ていないと加藤を軽くあしらったのだった。


 加藤はあの時のように興奮して話を続けた。


「たしかに爆発があった後俺は気を失って、気が付いたときには爆発の痕跡はこれっぽちも残っていなかった。

 でも爆発は確かにあったんだ。

 だからこそあの場に居合わせた俺は特別な力が使えるようになったんだ」


 そして加藤は美々面の方に向き直して言った。


「あの時、お前もあそこにいたんだろう?

 爆発を見たんだろう?」


 そして美々面に掴みかからんばかりの勢いで続けた。


「お前も何か特別な力が使えるんだろう?」


 美々面は怯えて圭太の背に隠れた。


 圭太は努めて優しい声を作って声をかけた。


「美々面、加藤の言ってることは本当なのか?」


 美々面はしばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと言った。


「特別な力なんて知らない。

 それに……覚えてないの」


「覚えてない?」


 美々面は頷いた。


「わたしが覚えてる一番最初のことはあの人……先生とと一緒に本屋さんの前にいたこと。


 その前のことは何も、覚えてない」


「何もって……、本屋に移動する前にどこにいたか覚えてないってこと?」


 美々面は首を振る。


 今度は委員長が尋ねる。


「まさか、本当に何も覚えてないの?

 家族のことだとか、どこに住んでいたかとかも?」


 彼女は困惑したように頷いた。


「そんな……」


 加藤は美々面の言葉にショックを受けているようだった。


「俺は、俺はたしかに見たんだ……。

 爆発はあったんだ、絶対に……」


 そう言うと加藤は頭を抱え込み、その後は何やら聞き取れぬことを延々と呟き続けた。


 圭太たちも何と言ったらよいか分からず、沈黙した。


 やがて先生が戻って来た。


「加藤君のお母さんに連絡して彼を迎えに来てもらうことになったよ。

 今日のことは明日、職員会議で話し合うことになる。

 その後は加藤君にも話を聞くことになると思うが、いいね?」


 聞こえているのかいないのか、加藤は頭を抱えたまま返事もしなかった。


 先生も別に返事は求めていなかったらしく、重ねては言わなかった。


 圭太は先生に気になったことをきいてみた。


「他の先生たちに加藤の、あの能力のことは話したんですか?」


「まさか。

 そんなことを話したところで誰も信じんよ。

 それに正直に報告したところで話がややこしくなるだけだ」


 それもそうだなと圭太も思った。


「君たちはもう帰りなさい。

 後のことは私がやっておくから」


 先生にそう言われて、圭太は本来生徒が学校に残っていてよい時間ではないことを思い出す。


 しかし圭太にはまだ気になっていることがあった。


 加藤は爆発があった直後、先生と美々面がその場にいたと言っていた。


 美々面は何も覚えてないと言ったが、先生は本当に爆発のことを何も知らないのだろうか


 加藤の話しぶりを見ていると、とてもくだらない作り話をしているようには思えない。


 本当は先生も爆発のことを何か知っているのではないのか。


「どうした?

 何か言いたいことでもあるのか?」


 いつまでもその場から動こうとしない圭太を見て先生は言った。


「い、いえ……」


 圭太は先生を問いただす勇気が持てず、口をつぐんだ。


「じゃあ、私たちは帰りますね。

 後のことはよろしくお願いします」


 委員長がクラス委員長らしい総括的な挨拶をした。


「ああ、気をつけてな」


 先生はそう言うとすっかりふさぎ込んでいる加藤を下の階に降ろす作業に取り掛かり始めた。


 圭太と委員長、そして美々面は疲労からひどく重い足取りで階段を降りていった。

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