管狐2 夢から覚めてー誘鬼

 ずいぶんと昔の夢を見た。


 一刻ほどの休眠の間のほんの一瞬、懐かしいけれど苦い記憶の混ざった幼い日の思い出だった。

 あれは、ひとつ違いの従兄いとこがうちにいた頃だから、五つくらいの頃だったかと誘鬼ゆうきは思い出すでもなく思い出される記憶の糸を、無意識に手繰る。従兄と弟と三人でよく行った、集落の西側にあるお婆の家の夢だ。お婆の家の桃の木の、誘鬼にとっては苦い思い出の残る夢だった。

 休む前に古椿、木を見たから思い出したのかもしれない。

 眠りから覚めた誘鬼は、ほこらの壁の隙間から差し込む日の光に目を細め、ぼんやりと天井を見ていた。光の届かない天井の闇は、その向こうにどこまでも続いているかのように真っ暗だ。そんな仄暗い天井に細い炎を見つける。

火狩ひかり

 眠る誘鬼の邪魔にならないように炎をいっそう細くして、文字どおり寝ずの番をしていた火狩が、その声に電光石火の勢いで誘鬼の元へとやってきた。

「ご苦労さま、火狩ちゃん」

 起き上がり、手のひらに包み込むようにしてその小さな炎を消した。

 目が覚める直前。ひらめくように見た古い記憶を、再び頭の片隅に追いやるように小さく頭を振る。無くしたくはないが、そうそう思い出しては懐かしみたいと思うものばかりではないのだ。

 なんだか心臓の辺りがざわざわと気持ちが悪い。胸騒ぎとでもいおうか。何だか分からない、正体不明の不安のようなもの。忘れたころにふいにおとずれるそれが、心音に合わせるかのように、ざわりざわりと不快な鼓動を重ねている。

 いつからだろうか。最近といえば最近だろうか。しかし最近抱えたような気がかりや悩み事もそれといってない。父親の小言に辟易しているが、それは今にはじまったことでもない。普段はちっとも気が付かない、ほんの微細な気持ち悪さが、時折思い出したかのように心臓の辺りにじんわりと染み出してくる。正座で痺れて感覚がないところを、すっと撫でられた時のような、鈍い感触に似ている気がする。昨日だか一昨日だか、それくらい最近だったかもしれない。それとも、もう少し前のことだったか……などと考えていたら、今度はそれが気になりだして、誘鬼思わず頭を抱えた。

「うう……」

 別に気にしても仕方のないことだが、思考は勝手に記憶をさかのぼっていく。

 思い当たる節にはまったく引っかからなかったのだが、ひとつ――。

 昨日といえば、夜中に雷にたたき起こされて穏やかな心持でなかったのは確かだった。

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