古椿7森の夢・椿の花
ドンという衝撃が背中に走り、どんぐりのように転がっていた誘鬼の身体は急停止した。
生えていた木にぶつかったおかげで、自然停止するよりも少し早く、誘鬼は止まることができた。ふうと息を吐いた時、泡を食った勢いで、小さな炎が誘鬼の元へとすっ飛んできた。火狩の赤い炎が若干青みがかっていたのは、転がり落ちた誘鬼に肝を冷やしたからである。健気な炎に肝などないのだが。
ゆっくり身を起こし、痛めたところはないか、身体の動きを確認する。打撲痛と、少々目が回っているが、大事はなさそうである。
「いてて……」
まったく、とんだしくじりだった。暗闇の中、森の中で道から転がり落ちて居場所が分からなくなってしまった。幸いなのは、さして痛むところのないことだ。転がった感覚からして、奈落のような急な崖ではなかったようだし、夜が明けるまでここを動かず、明るくなってから上に登れば、まあ道には出られるだろう。
このまま、静かに夜明けが訪れさえすれば、の話であるが。
立ち上がり落ちてきたところを見上げた時、髪に挿していた稲穂がかさりと音をたてて足元に落ちた。それを拾おうと身をかがめた時、微かな空気の揺れる気配を感じ、誘鬼はその気配のする方へ視線を向けた。
ぶぅぅぅぅ、ぶぶ、ぶ。
頭上で音がする。羽虫の音だ。
蜜のある木なのだろうか。誘鬼は背中を預けていた木を見上げた。暗闇の中に、光沢を帯びた深い緑の葉が生い茂っている。そして、その中に月の光に照らされたような銀色の光の輪郭を縁どった、無数の赤い花を見た。
椿の花だった。
誘鬼は手にしている稲穂を指でしごき、その粒のひとつを口に含んだ。
ぶ、ぶ。
ひときわ大きな椿の花に、一匹の虫がまとわりついていた。羽音をたてながら、花に体を寄せる。黄色の花粉を小さな体いっぱいにつけながらも、何度も何度も花に潜り込む。まるで花に魅了されたかのように、花の中心へと頭を突っ込む。
誘鬼は瞳に嫌悪の色をにじませた。
木の葉の奥から女が両腕を伸ばし、つかみかかる勢いで誘鬼の眼前に飛び出してきた。足場は悪いが、今度はつまずくことなく避けることができた。避けると同時に、握りこんでいた
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