第5話 靴下論

終日仕事をした後の、夜の足はくさい。

革靴の中で蒸された足のにおいを吸い込んでいる靴下は、

当然、とてもくさい。


もちろん、ごく稀に、

全然臭くさくない人や、くさいと感じない人、

もしくは、このにおいが好きな人はいるのであろうが、

それでも、なにがしかのにおいが発生していることには、

異論はなかろう。


一日履いてくさくなった靴下は、

家に帰ればすぐに脱ぎ、洗う事になる。


子供が靴下を脱ぐときは、

足首のあたりのゴムをつかんで、ビョーンと引っ張るから、

結果、脱いだ靴下は裏返しとなる。

洗われた靴下を干すときに裏返しになっていると、

ひっくり返すのが面倒だという理由で、

母親は「ひっくり返したら元に戻しといて。」と指導する。

そう、俺も、そのように躾けられてきた。


だが、社会に出て一人暮らしを始めた俺は、ふと思い当たった。


靴下のにおいの元になる汚れは、裏と表のどちらが多いのか?、と。

あのにおいの元は、靴からではなく、俺の足から出ているはず。

ならば、より洗わなければいけないのは、靴下の裏側であり、

、よりきれいになるのではないか、と。


特段の汚れがなかったり、においがなかったりする通常衣類は良いとして、

例えば、表面に汚れが付いたTシャツを

わざわざ裏返しにして洗う必要があるのだろうか。

汚れている面にこそ、

より、水流や洗剤が当たりやすくなるべきではないのか。


このことに気づいてからの俺は、今でも実践している。

女房と結婚する時も最初に、

「俺、『靴下は裏返して洗濯する派』だから、そこは理解して。」

と、きっぱり言い放ったほどだ。


しかも、においの元になる菌どもは、靴下を脱いだ時に覚醒する気がする。

履いている内は、まだおとなしい方なのだ。

せっかく出会った繁殖の場である靴下を、引きはがされる瞬間に、

「ここで増えとかなければ、まずい事になる。」とばかりに、

覚醒するのではないか。

と、すれば、そのような覚醒が起きてしまった靴下を、

もう一度身に着けるのは、あまりにも気が引けるではないか。



それから、数十年。

俺は、今でもこれを実践している。


①靴下を洗う時は裏返して洗濯する。

 ※但し、明らかに外側(表側)の方が汚れているときは例外とする。

②一度脱いだ靴下は、洗わない限り二度と履かない。


結果、俺は自分の靴下を、

ひとつひとつ、ひっくり返しながら自分で干している。

(結婚した時に、女房と約束させられたのだ。)



「論」とは言いながらも、

俺は誰にも強制もしないし、共感も求めないし、反論も受け付けない。

ここにあるのは、

「俺だけが信じている正論」

である。

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