#6 白米、みそぎゅう、ときどき嫁。

「おふぁえり〜」

 アイスキャンディを咥えた嫁がリビングから顔を覗かせる。

 暑くなってきた今日この頃だ。

 嫁の格好はタンクトップに5分丈のボトムス。

「エロい」

 俺は見た瞬間、反射的に呟いていた。

「は!? なに言ってんの」

「いや、タンクトップ姿……いいなって思って」

「ダーリンのえっち〜。いちいち嫁のファッションに欲情するとか、どんだけあたしラブなのよぉ」

「うるせえ。魅力的なもんに魅力的だっつってなにが悪い」

 真顔で返すと、みるみる嫁の顔が赤くなっていく。耳まで茹でられたみたいに色付いていく。

「うう〜っ、ストレートにそんな言い方するなんて……えへへぇ、反則だよぉ」

 デレッデレにニヤつきが止まらなくなる嫁だ。

 頬に手を当てクネクネと身を振る嫁を──というかそのワキを──俺はガン見した。美女のワキってエロいよね。

 嫁のワキを見てるだけでメシが3杯くらい食えそうな気がする。

「……なんか目付きがいやらしいんですけどっ!」

 嫁がガバッと胸元を隠した。見てたのはそこじゃないんだけど、そうガードされると本丸のワキも見えなくなって悲しい。


 しゃかしゃかと米をとぐ。

 まとわり付いてくる嫁の取りとめもないお喋りをBGM代わりに、俺は調理の段取りを考える。

「でね〜、ワタセツネヒコがばきゅんばきゅーんって、アンドウノボルがぶっしゃーって血ぃ噴き出して」

 昼間見ていた映画の話らしい。

「お前、なんつー物騒な映画見てんだよ!? つーか出演者渋いな!?」

「だってー。ケーブルテレビでやってたんだもん」

 リアルタイムのものしか楽しめなかった昔と違い、古い新しいを問わず触れることが出来る今の世って素晴らしいと思う。でもヒマを持て余して亭主の留守中ヤクザ映画を見ている嫁って一体……。


 といだ米を浸しておく間に、おかずの用意。

「これ、やっといて」

 嫁に頼む。

「よっしゃ、あたしの出番!」

 流石に家事スキルゼロの嫁でもこれは出来る。レタスちぎり。

「出来たよ、ダーリン」

 それしきのことやり終わってドヤ顔するのはやめてくれ。

 俺はブロッコリーを湯がいて、キュウリを切ってレタスの上に散らす。


 そろそろ米を炊こう。

 水は目分量。土鍋で炊く要領は、不親切なようだが慣れとしか言うよりがない。

 別にこだわりがあって土鍋で米を炊くわけじゃない。

 鍋炊きの手軽さを知ると、炊飯器で炊くのは無駄に時間がかかってさほど美味くないという気がしてならないのだ。

 初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな──などと伝えられるが、初めからぱっぱと強火で構わない。ふつふつと沸騰してきたら弱火に落とす。時々蓋を開けて様子見したりもする。

 水気が少なくなってきて、これくらいだなと(これまた基準なしの目算だ)当たりをつけて火を止める。


 蒸らしている間にメインディッシュだ。

 冷蔵庫の中に、仕込み済みのタッパーがある。

 牛ロースを心持ち厚めに切り、あわせ味噌とみりんに漬け込んだもの。

 熱したフライパンでこれをじゅーっと焼く。

「うひー、いい匂い!」

 立ち昇る湯気に顔を寄せた嫁が、

「あっちゅ!」

 悲鳴をあげて跳び下がった。

「大丈夫か!? 火傷してねえだろうな!?」

 俺、思わず菜箸をほっぽり出して嫁の顔とか腕とかを念入りにチェック。

「あたしは大丈夫っ……それよりお肉が焦げちゃうっ!」

 我が身よりそっちの心配かよ。


 副菜のサラダにトポトポッとぽん酢をかける。

 主菜の味噌漬け牛にはパラパラッと粉山椒を振りかける。

 そして炊きたての白飯しろめし

「いっただっきまーす!」

 高級な霜降りでもなんでもない牛肉だが、酵母の力で柔らかくなって噛み締めるごとにじんわり旨味をしたたらせる。味噌とみりんの味が、すっかり肉の内に染み渡っている。

「はふ、はふっ! おいひいっ……ごはんが進むよぉ」

 頬っぺたをぱんぱんにして次から次へと口に放り込む嫁だ。

 ほかほかの白飯との相性、抜群。

「おかわり!」

 嫁のコールに応えて、土鍋から第二陣。ところどころカリッとしたお焦げが混ざっているのは炊き加減のミスに他ならないのだが、これもまた炊飯器では味わえぬ怪我の功名である。


 味噌牛のこってり味が鼻についてきたら、生レタスのサラダで口を休める。

 これがまた箸を止められなくなる清涼感だ。

「ううぅ〜、おいひいよぉ。幸せだよう」

 熱々の米と味噌牛をせっせと食う嫁。一生懸命すぎるせいか、うっすら汗ばんでいる。

 汗でテカッと照りを帯び始めるタンクトップの嫁は、俺にとっちゃ第三のおかずみたいなもんである。


 じっと見つめていたら、嫁が目をぱちくりさせて、言った。

「どしたのダーリン? あたしのちぎったレタス、そんなに美味しい?」

 すんげえ誇らしげな顔が可笑しくて、俺は吹き出した。

「ああ、最高だよ」

 俺は若干の皮肉を込めて言ってやった。

「どうもご馳走ちそう様」


 すると嫁は「ちっ、ちっ」と人差し指を振り子のようにスイングさせ、薄笑いして言ってのけた。


「それは、読者の皆さんの台詞よね?」

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