#5 イチャイチャと酒くみ交わせばたちまち…
今日は定時に帰れた。
日が長くなっているのを体感する。明るいうちに帰れるなんて久しぶりだ。
家はひっそりとしていた。嫁は出かけているようだ。
夜は外で食ってくるつもりだろうか。メールをしても返信が来ない。
着替えて通勤時のシャツと仕事着を洗濯機に放り込む。洗濯物カゴにある寝間着や嫁の衣類も洗濯機へ。
嫁の下着があるので、何気なくクンクン。
「ねえー、変態なのぉ?」
「うわっ! お前いつの間に……!?」
音もなく背後に立つの、やめて欲しい。
「つーか、今帰ったのか!? 全然ドアの音とかしなかったんだけど!?」
「普通に音立ててたと思うんだけど……ダーリンそんなにあたしのパンツ嗅ぐのに夢中だったの?」
否定出来ないのが悔しい。
嫁は口元をひきつらせながらも、目がニヤついている。生まれつきのワル顔美人なので、底深い悪事を企んでいるかのような凄まじい形相になっているが、200年ちょっと連れ添う俺にはこれが羞恥混じりのはにかみ笑いだと分かる。
「……ダーリン、いつでもあたしのこと好きに出来て、身体じゅうどんなとこでもクンクンしたりペロペロしたりズポズポしちゃう立場のくせに、脱いである下着の匂いでも興奮しちゃうんだ?」
「いや、これはその……条件反射っつーか」
俺はこっ
「へんたーい。どスケベー」
鬼の首でも取ったかの如く、これでもかと責め立てる嫁の前で、俺は黙ってボタンを操作した。
「どっか出かけてたのかよ」
気恥ずかしさを誤魔化すべく、キッチンに立つ俺は問う。
「うん、ちょっと友達とお茶してたの」
ソファでスマホをいじりながら答える嫁だ。
「友達って、女の?」
「あったりまえでしょおー!? えっ、なにダーリン、まさかあたしがダーリンの仕事中によその男と不倫とかしてるとでも思ったの!?」
どたばたと駆け寄ってきて、嫁は俺の顔を覗き込む。
「え〜? ダーリンそんなにあたしのこと気にかけてるんだぁ。むふふぅ」
「うっせえ。つーか、ウゼえぞコラ!」
湯を沸かしている最中そんなにへばり付かれたら、手元が狂って火傷させるかもしれない。危なくって仕方がない。
「ダーリン、デレてるでしょ。赤くなってるよぉ?」
マジでうるせえこいつ。
「おっ? お豆腐?」
俺が冷蔵庫から取り出したパック豆腐に、目をパチクリさせる嫁。
無理もない、我が家では豆腐というと朝メシのイメージが強い。
冷や
「ちょっと期限切らしちまったんだよ。火ぃ通して冷や奴ならぬ
ぽかんとした顔の嫁にムッとして言うと、
「え、あ? ううん、なんか今回はヘルシーな晩ごはんだなと思って」
「今
「てへへ〜」
ニヤリ顔の嫁である。
湯を沸かす鍋はふたつ。
ひとつの小鍋は豆腐を湯がくためのもの。
もうひとつは、蕎麦を茹でる用。
なんとなく、つるつるっと冷たい麺を食いたい気分だったのだ。
ほかほかと湯気を立てる温奴。
薬味はネギとミョウガ、そして定番の鰹節。
「海苔も欲しい〜!」
嫁のリクエストにより、焼き海苔をちぎってどっさり振りかける。
ホットな豆腐と対照的にしっかり水で締めた盛り蕎麦。
つゆは簡単に市販の濃縮だしを割ったものである。薬味のネギとミョウガは使い回し、チューブわさびを添える。
「海苔も! 海苔も〜!」
嫁、海苔大好きすぎだろ。
──はふ、はふ。
ほかほかの豆腐を口に放り込み、
「あふっ、あっふぃ……」
火傷しそうな熱さに翻弄されたところへ、
──ずずっ、ずるるっ!
冷たい蕎麦を流し込んで、その喉ごしを
「……なんか、日本酒が欲しくなっちゃうわね」
のんべえ嫁が言い出すより先に、俺はキッチンへ酒を取りに走っていた。以心伝心ってやつか?
徳利と盃で差しつ差されつ……とかいう
かちっ、と軽く乾杯するのも、相手が嫁じゃなかったら面倒臭くてやりたくない。
イケる口の嫁は手酌でおかわりを重ねるが、俺はあんまり強くない。
とりわけ今日はどうしたことか、眠気が勝ってしまい、テーブルに片肘ついて、うつらうつら。
──ねえ〜、ダーリン? 寝ないでよぉ? ねえったらぁ……──
だんだん嫁の声が遠くなっていく。
嫁はアルコールが入るとエロエロになるタイプ。
ほろ酔いで俺の上にのしかかり、普段と逆のSっぽい顔で妖しく責めてくる。俺はそれをドキドキしながら享受するのが常なのに。
これでは嫁の期待に応えられず、不機嫌にさせてしまうパターンだ。
いけない、と思いつつ、睡魔は襲いかかる……。
ああ、嫁よ、ごめん。
あっさりメニューながらも豆腐による満腹感はてきめんである。
意思とは裏腹に、俺の意識はブラックアウトしていくのであった。
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