#4 赤き悪魔のナポリタン
夜更けて帰り着くマイホーム。
灯りが既に消え、嫁は俺を待たず先に寝ていても、人のいる家に帰ってくると、ほのかに温かみを感じるものだ。
「って寝てねえし」
寝室を覗くともなく覗いてみたら、暗がりにスマホのバックライトが光っており、動画に夢中な嫁の顔を照らし出していた。
「あっ、おかえりダーリン」
別に俺は三つ指ついて出迎えろとか亭主関白なこと言うタイプじゃない。放っておいてメシの支度にかかることにした。
今日も勇者だか剣士だか知らんが挑戦者を3組ぶっ殺して疲れた。腹ペコだ。
冷蔵庫の中身と相談して、パスタに決めた。
もっともナポリタンを本場イタリアっぽくパスタと呼んでいいのか疑問だが。
「なに作るの?」
「おわっ! ビクったぁ……」
パジャマ姿の嫁が背後にいた。
「先に寝てればいいぞ」
「目が冴えちゃって」
「ベッドでスマホいじってるからだ!」
俺、夫というよりパパの気分。
「おなか空いてきちゃったから、あたしのぶんも作ってぇ」
「こんな時間に食ったら太るぞ。つーか太りつつあるだろお前」
二の腕を掴んでやると、んぎゃあーと喚いて振り払いやがった。
「そのぶんダーリンが運動させてくれれば問題ないもん!」
今日はそういう気分なのか。不覚にも俺の鼻の下が伸びる。パパ気分からオトコの本能に早変わり──って、俺
「お前も大好きな『赤き悪魔の混沌』を作るぞ」
「無理に厨二っぽく言わなくていいのよ〜? どうせファンタジー要素ゼロがコンセプトなんだし」
「メタ発言やめろ」
お約束じみてきた嫁のコメントはさておき、俺流ナポリタンはかなり悪魔的だ。
それこそ、夜遅くなって食うべきものじゃない。だが俺の疲弊度・空腹度からすると、これくらいパンチのあるもんじゃなきゃ満足出来そうにない。
たっぷりのお湯で麺を茹で、その間にパスタソースを作る。
かなり大量のニンニクをスライスし、鷹の爪とともにオリーブオイルで熱する。これだけ見てるとペペロンチーノの工程みたいだ。
だが、そこに叩っ込むのはまぎれもなく定番ナポ具材。
玉ネギ、ピーマン、ベーコン、ウインナー。
「ふおおおっ……肉気多いよっ! おなか鳴ってきたよぉ!」
「この肉気がお前の腹に脂肪として還元されるんだがな」
「美味の誘惑には勝てないよぉ……食べる喜びが正義だよぉ」
──じゃっ、じゃっ。
炒め物には中華鍋が万能。塩コショウをたっぷりとまぶしつつ、全体によく火を通す。
ケチャップをぶちまける。
──じゅうううぅぅ!
火を小さくして混ぜ混ぜ。ちょっと焦げたベーコンとケチャップの匂いに、隣で見ている嫁の顔がとろけきっている。
「エクスタシーに浸るのはまだ早いぞ」
「それ食後のアレに期待しとけってフリ? もぉ〜、エッチぃ」
どっちかっつったら自分から振ってたくせに!
味付けは終わっちゃいねえ。
これが俺流、タバスコ大量投入。
鷹の爪が入れてあり、コショウも効かせてあって、さらにはタバスコ。
「……と、コチュジャン」
「ううっ、コレよコレぇ……」
嫁が半イキ顔になってうっとり。
コチュジャンの甘辛味はタバスコで殺され気味になるものの、ただのケチャップベースでは出せないコクが出るのだ。
茹で上がった麺をソースの中華鍋に放り込み、絡め合わせる。
「ううぅヤバいよコレ見てるだけで涎が止まんなくなるよほほぉ」
今にも手掴みで食い始めそうな嫁だ。
「落ち着け。ステイ!」
「あたし犬じゃないっ!」
「ベッドでは舐め犬のくせに」
「ちょ! ばっ、そんなこと……」
目を伏せて、モジモジする嫁。否定出来ねえでやんの。
「……ダーリンこそ、めっちゃ舐めてくるくせに」
なんか言ってるけど無視しておく。
完成した赤き悪魔のナポリタンを皿に持って、パルメザンチーズと粉パセリを振りかける。
「いっただっきまぁーす!」
その掛け声が地獄の門を開く呪文だ。
ひと口食べれば激
だが食べ進めるうちに、当初はそこまで感じていなかった辛さが襲いかかってくる。
──ふう、ひい、ふう。
辛いのだが旨い。止まらない。
気が付けば俺たち二人、額から汗の雫を垂らしながら夢中で食っていた。
「ぷはあぁ〜! おいひかったよほほぉ〜〜!!」
皿のケチャップまで名残惜しげにペロペロ舐め取った嫁。お行儀悪いんだけど、実のところ洗うとき手間が少なくなって合理的である。つーか、マジで舐め犬だな。
汗びっしょりの頬に長い黒髪をペタリひっつかせた嫁は、パジャマのボタンを二つほど外し、手で風を仰ぎ込む。
汗ばんだ胸元の肌、エロい。
「あー、もっかいお風呂入んなきゃ」
「……いや、そのままで」
「へっ!?」
「なんか、
「ちょっとヤだぁ、ダーリン変態なんだからっ……」
そう言う割には嫌がっていない顔の嫁だ。
ニンニク効果でエネルギッシュになってしまったらしい。
俺は昼間の疲れを忘れ去って、嫁をその場で押し倒していた。
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