#3 仕事帰りのビールは嫁を肴に
今日も仕事が長引いて、退勤したのは日付が変わりそうな時間だ。
食材が少なくなっているので買出しして帰ることにする。
買い物かごを提げ野菜や調味料を選び、加工品ゾーンに向かう。
──と。
スナック菓子コーナーにいる一人の女が目に留まった。
サングラスをかけ黒髪をお団子に
ショッキングピンクのTシャツがパツパツに張ってはち切れそうな乳がいやらしい。下はデニムホットパンツで、むっちりした太腿をこれでもかと晒している。
素足にビーチサンダルで、救いようのない形容をするなら頭の悪いギャル風。
そいつはポテト系スナック菓子の2種類を延々と見比べて迷っていた。
コンソメ味を手に取ったかと思うと、ムムと考え込んで棚に戻す。
そして隣にある期間限定の異世界風ゆず胡椒マヨ味を取り、また考え込んで戻す。なんだよ異世界風って。
再度コンソメ味に手を延ばすが、わなわな震えた指先を引っ込め、異世界風ゆず(略)を取ろうとする。
しかしやっぱり踏んぎりがつかないのか、顎に手を添えて思案に暮れている。
数秒後、ついに心を決めたとみえ、女はコンソメ味と異(略)どっちも取り、この上なく晴れやかな笑顔を浮かべた。
悩んでないで最初から両方取ってればよかったんじゃね!?
「……お前なにやってんの」
「はひっ!? わっ、ダーリン!」
アホ丸出しな行動を観察されていたことに気付いていないらしく、嫁は能天気な顔でペタペタとビーサン鳴らして駆け寄ってきた。
「わははぁ〜い、こんなとこで会うなんて偶然ね!」
「仕事帰りに買い物してる俺はともかく、名ばかり専業主婦の実質ニート嫁がこんな夜遅く、なにやってんだ」
「小腹が空いちゃったのよぉ」
「晩メシいつ食ったんだよ」
「夜は食べてない」
「はあ?」
「朝ごはん兼お昼ごはんが夕方だったから」
俺は呆れてため息をついた。
こいつ、今朝は起こしても全く起きる気配がなかった。
俺は朝メシを独りで食い弁当を詰め、朝メシそして弁当と同メニューの昼メシをラップして置いといた。よくあることすぎて腹も立たない。
で、嫁は昼3時くらいに起き、まとめてそれを食ったらしい。怠惰すぎる。
豆腐やちくわを選んでいる俺にぺったり寄り添い、妙にハイテンションな嫁だ。
「なんか、こういうの新鮮よねっ。ばったり外で会ってデートとか、恋人気分?」
「夫婦なのに恋人気分とか、おかしいだろ」
とはいえ、俺たちは他人の意思で添わされた政略結婚。恋人気分どころか恋人だった期間もないのだから、嫁がキャピるのも別段おかしくはないか。
「あ、そこの食パン取ってくれる?」
「これ?」
低い位置の商品を嫁に取らせた。
──気付いたことがあって、俺はふむ……と考えを巡らせた。
「ビールも買っていこっか。それ……そっちじゃなくて右、そうそう6缶パックのやつ取って」
「あ、そのワゴンにある炭酸水もお願い」
「ダーリン、なんか低いとこにあるのばっか取らせてない?」
「分かる? いや、お前しゃがんだり前屈みになったりすると、シャツの裾が上がって腰んとこからパンツが見えるんだよ」
「ちょ……! それ黙って見てたわけ!?」
グラサンで隠れてないあたりまで紅潮する嫁の顔。
「いや〜、確かにこういう外での恋人気分も案外いいもんだな」
「よくないしっ! てか、嫁のパンチラで喜ぶかふつー!? 見ようと思ったらいつでも裸見れるくせに……」
「オトナ同士の関係であっても、何気ないチラリズムに萌えることだってあるんだ」
「ううっ、やたらハズいっ!」
グラサンの奥が涙目になっているのが分かる。
会計を済ませ、スーパーを出る俺たち。
俺の持つレジ袋をごそごそ漁って、早速ビールをぷしゅっと開栓する嫁だ。
──んぐんぐ、んぐっ。
「ぷっはああぁ〜〜!」
働いた後とかでもないのに、旨そうに飲みやがる。
「歩き飲みとか行儀わりーぞ」
「そんなお堅いこと言わないの。はいっ、冷えてるうちにダーリンも」
手渡された缶を受け取り、俺も乾いた喉にビールを通す。
「ぷはっ、旨い」
「やっぱあたしの間接キッス付きだと美味しいでしょ」
ドヤ顔で言う嫁。
「アホか」
俺は缶を再びご返杯。こいつ俺の間接キス返しだと喜んでくれるかな、としょうもない期待を抱いてしまったが──、
嫁はそこまで考えていないようでゴクゴク飲み干し満悦顔。
ちょっとガッカリしてる俺。乙女か。
並んで歩きながら嫁の横顔をチラリ見て、
「……ビール片手に夜のそぞろ歩きってのも、たまにはいいか」
俺は呟いた。
「へっ!? 歩かないわよ?」
嫁は当然でしょ、と言わんばかりに俺を見た。
「その先にタクシー待たせてあるから」
「は!? ワンメーターもない距離だってのにタクシー……しかも待たせてあった!?」
家から乗ってきて、買い物中もメーター回りっぱなし。
俺は卒倒しそうになった。
もう外出自粛要請とか出そうかな。
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