#3 仕事帰りのビールは嫁を肴に

 今日も仕事が長引いて、退勤したのは日付が変わりそうな時間だ。

 食材が少なくなっているので買出しして帰ることにする。魔王城しょくばと家の中間地点に2400時間営業のスーパーがあるので助かる。

 買い物かごを提げ野菜や調味料を選び、加工品ゾーンに向かう。

 ──と。

 スナック菓子コーナーにいる一人の女が目に留まった。


 サングラスをかけ黒髪をお団子にまとめた、肌の白い2200〜2300歳くらいの肉感的な女だ。

 ショッキングピンクのTシャツがパツパツに張ってはち切れそうな乳がいやらしい。下はデニムホットパンツで、むっちりした太腿をこれでもかと晒している。

 素足にビーチサンダルで、救いようのない形容をするなら頭の悪いギャル風。


 そいつはポテト系スナック菓子の2種類を延々と見比べて迷っていた。

 コンソメ味を手に取ったかと思うと、ムムと考え込んで棚に戻す。

 そして隣にある期間限定の異世界風ゆず胡椒マヨ味を取り、また考え込んで戻す。なんだよ異世界風って。

 再度コンソメ味に手を延ばすが、わなわな震えた指先を引っ込め、異世界風ゆず(略)を取ろうとする。

 しかしやっぱり踏んぎりがつかないのか、顎に手を添えて思案に暮れている。

 数秒後、ついに心を決めたとみえ、女はコンソメ味と異(略)どっちも取り、この上なく晴れやかな笑顔を浮かべた。

 悩んでないで最初から両方取ってればよかったんじゃね!?


「……お前なにやってんの」

「はひっ!? わっ、ダーリン!」

 アホ丸出しな行動を観察されていたことに気付いていないらしく、嫁は能天気な顔でペタペタとビーサン鳴らして駆け寄ってきた。

「わははぁ〜い、こんなとこで会うなんて偶然ね!」

「仕事帰りに買い物してる俺はともかく、名ばかり専業主婦の実質ニート嫁がこんな夜遅く、なにやってんだ」

「小腹が空いちゃったのよぉ」

「晩メシいつ食ったんだよ」

「夜は食べてない」

「はあ?」

「朝ごはん兼お昼ごはんが夕方だったから」

 俺は呆れてため息をついた。


 こいつ、今朝は起こしても全く起きる気配がなかった。

 俺は朝メシを独りで食い弁当を詰め、朝メシそして弁当と同メニューの昼メシをラップして置いといた。よくあることすぎて腹も立たない。

 で、嫁は昼3時くらいに起き、まとめてそれを食ったらしい。怠惰すぎる。


 豆腐やちくわを選んでいる俺にぺったり寄り添い、妙にハイテンションな嫁だ。

「なんか、こういうの新鮮よねっ。ばったり外で会ってデートとか、恋人気分?」

「夫婦なのに恋人気分とか、おかしいだろ」

 とはいえ、俺たちは他人の意思で添わされた政略結婚。恋人気分どころか恋人だった期間もないのだから、嫁がキャピるのも別段おかしくはないか。

「あ、そこの食パン取ってくれる?」

「これ?」

 低い位置の商品を嫁に取らせた。

 ──気付いたことがあって、俺はふむ……と考えを巡らせた。


「ビールも買っていこっか。それ……そっちじゃなくて右、そうそう6缶パックのやつ取って」


「あ、そのワゴンにある炭酸水もお願い」


「ダーリン、なんか低いとこにあるのばっか取らせてない?」

「分かる? いや、お前しゃがんだり前屈みになったりすると、シャツの裾が上がって腰んとこからパンツが見えるんだよ」

「ちょ……! それ黙って見てたわけ!?」

 グラサンで隠れてないあたりまで紅潮する嫁の顔。

「いや〜、確かにこういう外での恋人気分も案外いいもんだな」

「よくないしっ! てか、嫁のパンチラで喜ぶかふつー!? 見ようと思ったらいつでも裸見れるくせに……」

「オトナ同士の関係であっても、何気ないチラリズムに萌えることだってあるんだ」

「ううっ、やたらハズいっ!」

 グラサンの奥が涙目になっているのが分かる。



 会計を済ませ、スーパーを出る俺たち。

 俺の持つレジ袋をごそごそ漁って、早速ビールをぷしゅっと開栓する嫁だ。

 ──んぐんぐ、んぐっ。

「ぷっはああぁ〜〜!」

 働いた後とかでもないのに、旨そうに飲みやがる。

「歩き飲みとか行儀わりーぞ」

「そんなお堅いこと言わないの。はいっ、冷えてるうちにダーリンも」


 手渡された缶を受け取り、俺も乾いた喉にビールを通す。

「ぷはっ、旨い」

「やっぱあたしの間接キッス付きだと美味しいでしょ」

 ドヤ顔で言う嫁。

「アホか」

 俺は缶を再びご返杯。こいつ俺の間接キス返しだと喜んでくれるかな、としょうもない期待を抱いてしまったが──、

 嫁はそこまで考えていないようでゴクゴク飲み干し満悦顔。

 ちょっとガッカリしてる俺。乙女か。

 並んで歩きながら嫁の横顔をチラリ見て、

「……ビール片手に夜のそぞろ歩きってのも、たまにはいいか」

 俺は呟いた。



「へっ!? 歩かないわよ?」

 嫁は当然でしょ、と言わんばかりに俺を見た。

「その先にタクシー待たせてあるから」

「は!? ワンメーターもない距離だってのにタクシー……しかも待たせてあった!?」

 家から乗ってきて、買い物中もメーター回りっぱなし。

 俺は卒倒しそうになった。

 もう外出自粛要請とか出そうかな。

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