#2 豚の角煮は卑猥に揺れる
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいると、嫁がスリッパの音を鳴らして小走りでリビングから出てきた。飼い主の帰りを喜ぶバカ犬を思わせる。
いつもより早く帰れたので、嫁は寝てもおらず眠たげでもない。
「おかえりダーリンっ!!」
と、お出迎えのチュー。
「って、ニンニク臭え!」
S級ランク美人嫁の口が臭いって、逆に萌えるんだが。俺、倒錯してるか?
もうちょっとキスしていたかったのだが、恥ずかしがって口を押さえちまいやがった。
「なに食ったの」
「町でラーメン食べてきたの。ついでに餃子とビール」
「飲酒運転してねえだろうな!?」
「タクッたから大丈夫!」
贅沢嫁め。歩ける距離なのにタクシーとか、無駄遣いにもほどがある。
「……つーか、メシ作っておいたのに。鍋の
「無理無理無理っ! あたしが火ぃ使えるわけないでしょ!?」
ガスコンロも使えない絶望的生活力。レンジも下手すりゃラップ溶かして食い物ダメにする不器用だ。
「そもそもダーリンが角煮なんか作るからよう。めっさ美味しそうな匂いしてるけど、あっためなきゃ脂身トロトロにならないじゃない? 食べたくても食べらんない残酷すぎる拷問! もう仕方ないから極厚チャーシューのラーメンでも食べにいこ〜ってなって」
で、プラス餃子にビールのオヤジセンス溢れる3点セットってわけか。嫁のことだからビールは1杯で済むはずがない。最低でも3杯は飲んだことだろう。
俺が豚の角煮を作ればラーメン屋が儲かる。謎の法則だ。
豚角に火を入れながら、コンロのもうひと口を使って小松菜を茹でる俺。
「ううっ、いい匂いだよぉ」
隣で鼻をヒクつかせる嫁、やっぱバカ犬っぽい。
大根ともどもしっかり汁が染みた豚バラブロックの角煮。それほど手をかけた代物じゃない。
なにしろ味付けは市販のそばつゆだ。
独身時代ならともかく、夫婦ふたりのそばorうどん1回分にはやや少ない中途半端な残量になったものがあったので、活用してやることにしたのである。
半月に切った大根を茹でて、その茹で汁を適量だけ残しておき、そばつゆを入れる。酒と醤油でちょちょいと味を整える。
色付いたそばつゆ風呂で大根が小躍りする程度にふつふつ沸かしておいて、生姜と豚肉、ぶつ切りの白ネギを放り込む。
熱で豚肉の表面がサーっと白くなる。そいつがしっかり茶色に染まるまで、ひたすら煮詰めるだけだ。
好みが分かれるところだが、八角を入れてもいい。俺は入れる派。嫁も嫌がらない。
「お前、まさかとは思うけど……この上さらに豚角食うつもりじゃねえだろうな」
「へ? 食べるわよ」
当然のような顔して答える嫁。
「だって、あそこのラーメン屋、いまいちだったんだもん。前に食べたときはもうちょっと美味しかった気がしたんだけど、店主が代替わりして味が落ちたっぽいの! 無駄にクドいばっかりで、点つけるとしたら40点ね」
自分じゃなにも作らないくせに採点は厳しい。
「それは俺のメシを100点としての比較か?」
「はあ!?」
嫁が呆けたような顔をする。
「ダーリンのごはんは論外よ」
今度は俺が「はあ!?」だ。200年以上俺のメシ食っといて論外ってなんだ。返答によっちゃ離縁すんぞとブチ切れそうになったが、
「ダーリンのごはんはねっ、メーター振り切れちゃって採点不可!」
にぱーっと最上級の笑顔で言われた。
嫁の最上級笑顔ってすんげえ悪そうな笑みなんだけどな。
「……よろしい。豚角ひと切れだけ食うの許す」
「ひと切れ!? ひどくない!? ってかそれもしかしてデレてるの!?」
野菜っ
俺は白飯にごろんと豚角乗せて、わしゃわしゃと
物欲しそうな顔で見つめてくる嫁に、
「ほらよ。あーん」
約束の豚角ひと切れ、おすそ分けだ。
箸の先で脂身の多い角煮がプルプル揺れているのを見て、
「なんか、このプルプル……」
俺が言おうとするのへ、すかさず嫁が反応した。
「ちょっとぉ、またエッチなこと言おうとしてない?」
「正解。このプルップルな弾力がさ、昼間ぶっ殺したエルフの爆乳にそっくりなんだよな」
「あたしの乳じゃないんかい!」
「えっ? お前の腹に例えて欲しかった?」
「腹はやめて! ってかダーリン、そのエルフ
「してねえよ!
「そ、それならいいけど。ふう……二重の意味でよかったぁ。最後にちょっぴり異世界チックな要素が挟めたわ」
「いちいちメタ的発言するのやめてくれる!?」
豚角ひと切れ食った嫁は、幸せそうな顔で噛み締めたのち、
「ねえ〜、そのタレが染み込んだごはんもひと口っ!」
約束になかった要求までしてきやがった。
今日も平和だ……?
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