魔王は夜中にメシを食う

一一一一一

#1 嫁汁りぞっと

 今日も「世界を救う」とかなんとかクソみたいなことをほざいて挑んできた勇者パーティを壊滅させ、俺は家路に着く。

 禍々まがまがしい王冠、ぞろ長いマントは魔王としてのフォーマルファッションだが、鬱陶うっとうしいから脱いでボストンバッグに突っ込んである。

 どこにでもいるモブキャラみたいなパーカー姿で、築3000年の石造り3LDK平屋建住宅に帰ってきた。


「ただいま……ってテレビつけっぱで寝てるし」

 リビングのソファでTシャツ短パン姿の嫁が眠りこけていた。

 政略結婚した元悪役令嬢。好きでもないのに一緒になった女。でも美人だしスタイルよくて適度にエロいし、なんだかんだ200年以上も一緒に暮らしていると馴染んできてそれなりに情もわく。

 ただ悲しいかな女子力ほぼゼロ。家事の類は全くしねえ。

 おかげで俺は魔王の仕事やって夜遅く帰ってから嫁のパンツとか洗濯しなくちゃならない。


 ボストンバッグから王冠とマントを引っ張りだし、底のほうにゴロゴロしているカップ麺を取り出す。

 今日皆殺しにした勇者パーティの持ち物だ。俺は土地に根付いた魔王だから食いたいものは自由に近所で買ったり宅配してもらったり出来るが、はるばる旅して殺されにやってくる勇者だの冒険者どもはこういうメシばっかり食っているようで気の毒である。

 まあ、それでも食えるものだから戦利品として頂戴するけど。


 深夜放送の通販番組が流れているテレビをオフにして、俺はぴーすか寝息を立てる嫁にタオルケットをかけた。

 テーブルには晩飯に食ったらしいカップラーメン容器。これも過去の戦利品ストックだ。

 嫁は料理とか全然しない。俺の留守中はこんなんばっか。魔王の嫁なのに勇者レベルの食生活である。

 最近余計な肉がついてきたのを気にしている嫁は、カップ麺を食ってもスープは残している。

 冷めて固体化した脂の浮くとんこつ汁を流して捨てるのがなんとなく勿体なくて、再活用することにした。俺は貧乏性なのだ。


 換気扇を回し、ガスコンロにフライパンを乗せ着火する。

 残りスープをちゃっと注ぎ、温める。その間にネギを刻む。

 量が少ないからすぐにふつふつと泡が立ち始める。

 冷蔵庫の中にある朝の残りの冷やごはん、そして刻んだネギをラーメン汁にぶっ込み、木ベラでぐじゃぐじゃーっとかき混ぜる。

 ちょっと米に対して汁が少なかったか。味が薄いかもしれないから、塩コショウをばらばらと振りかけてやった。

 それからシュレッドチーズを散らし、とろけたところで火を止める。

 香りづけにごま油を少々垂らして──。

 うん、いい匂い。

「うん、いい匂い」

 俺の心の声と完全シンクロしたのは、いつの間にか起きてて音もなく背後に立ってた嫁の声。

「うわ、ビクったぁ!」

「なに美味しそうなもん作ってんのよ」

「お前の残り汁で即席リゾットだ」

「あたしに黙って自分だけずるい〜」

「食いたいの? こんな時間にこんな高カロリーのもんを!?」

 太るの気にして汁残してたくせに!


 平皿に移して、嫁に「これテーブルに持って行っといて」と渡す。

 フライパンにチーズがこびりついているので、俺はそいつをスプーンでこそげ取って食べた。焦げ付きがまた美味。

 汚れフライパンに水を張っておき、さあ食おうとテーブルに向かった。

「……おいコラてめークソ調子乗ってんじゃねえぞ腹プニ女」

 思わず悪口がだだ漏れる。嫁が勝手に半分くらい食っちまっているではないか。

「てへっ。ごめん」

 クールビューティ系フェイスでぶりっ子っぽく謝る嫁。反則だろそれ。可愛いから困る。

「でも、美味しい!」

 笑顔を見せられると、怒る気も失せる。心から笑ってもワルっぽいニヤリ顔な嫁だけど。

「……ま、いいか。しかしマジで太るぞ? ダイエット代わりとして今夜は寝る前に汗かかせてやる」

「え。それって……」

 嫁の顔が妖しい期待に染まる。そうだよ、そういう意味だよ。



 食器を洗っている俺の隣で、お茶を淹れる嫁。

 それもまた最近ぶっ殺した勇者かなんかの所持品だったティーバッグだ。

「……ねえダーリン」

「あ?」

「これって異世界ジャンルのくくりで書かれてるのよね?」

「メタ発言やめろよ」

「でも、ファンタジー要素皆無で、世界観すんごく平凡つーか、ほぼ現代日本じゃない?」

 やめてくんねえ。

「ねえ、なんで?」

 そんなこと登場人物たる俺の口から言わせないでくれ。

 異世界とか魔王とか悪役令嬢とか、とりあえず氾濫しまくってるキーワード放り込んどきゃいいんじゃねって考えの作者が書いてるからだなんて、俺にはとても言えない。

「……ごめん、聞いてなかった」

 俺はとぼけて嫁の顔と肉付きのいいボディを眺め回した。

 食器を洗い終え、タオルで水気を拭いた手で、そのわがままボディをハグ。

「早くベッドに行きたくて、上の空だった」

「……んもぉ。エッチなんだから」

 まんまと誤魔化されてくれる嫁なのであった。

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