第101話
「詩絵子様、大丈夫ですか?」
主任は地面に向かって呼びかける。モニターは更にデスクの外側へと傾く。
……や、やばッ……!! 思うと同時に、モニターへ手を伸ばし、叫んだ。
「主任! 早く顔を上げ……!」
「いいえ! いくら詩絵子様の頼みといえど……!」
「バっ、あぶ……!」
ぐらり……がすん!!
「…………」
ひどい音がした。あと数センチ……手が届かなかった。モニターをつかもうと手を伸ばして、むしろ押した気がする。
こわごわデスクの下を覗いてみる。主任は変わらず土下座の体勢をしているが、頭の横にモニターが転がり落ちていた。
「主任……?」
小さく呼びかける。静寂が返事をよこした。まさか、気絶してるとか……? さすがに死んでないよね……? でも、すっごいごつい音したよ……。完全に後頭部に落ちたよ……。
「さ……さっすが主任! 気絶したって土下座を崩さない! よっ! ドエムのかがみ!」
しーーーーーーん……。
「……」
―――殺人―――犯罪―――容疑者―――アリバイ―――刑事―――手錠―――懲役―――社会的制裁―――刑務所―――死刑―――……
光のスピードでこれらの文字が思考を突き抜けていく。
「…………い、いやいや、まずはね? 生存確認じゃん? こういうとき。決めつけはよくないよ」
そろり……。この上ない無音でデスクから降りる。主任の隣に足を折り、指先でそっと首筋に触れた。微かに脈の鼓動を感じた。
「やったっ! やっぱ生きてる!」
そうと分かってしまえば、気は楽なもの……でもない。落ちたパソコンモニターを見て、私は愕然とした。
「そういえばこれ……主任が仕事してたやつ……」
つい先ほどまでほの暗く発光していたモニターから、一切の灯りが途絶えている。
「まさか……壊れた……?」
でもまあ、モニターが壊れたとしても大丈夫だろう、という確信が私にはあった。データは本体の方に入っている。違うモニターを繋げば問題はないはず。
とりあえず、本当にこのモニターが故障したか確かめなくてはいけない。電源を入れ直したりすれば、あんがい簡単に直っちゃうような一時的なものかもしれないし。私は大きなモニタをつかみ、ずるずる引きずって持ち上げた。
「お、おもっ……! おもたっ!」
なんとかデスク上にモニターを乗せる。と、同時に、先ほどモニタと一緒にデスクから落ちた書類の束を踏んづけ、私は―――
「うわっ」
つんのめってしまい、再びデスクにスライディングした。両手が全力でデスクからモニターを押しだす。私に押されたモニターは、パソコンの本体を押しながら落下していった。その時、本体に刺さっていたUSBがデスクランプに当たり、絶妙に根元からパッキリ折られ、最後にはけたたましい音を鳴らして床へ落ちた。
私は目を点にして、目の前の奇跡的としか言いようがない光景を見ていた。USBオレタ……本体モ落チタ……ランプ切エテル……モニターモ……。
「ド、ドウシヨ……」
言ってみたけど、どうしようもない。とりあえず、こんなにテンパってしまっては、いい解決策を思いつくはずもない。
「ま、まずは落ち着かなくちゃ……きっとまだ、どうにかなる……はず」
落ち着くもの、落ち着くもの。私は美雪さんから頂いていた手土産のことを思い出した。
いただいた紙袋の中には、ロウソクやマッチ、アロマオイル、手作りケーキにお菓子などが、綺麗にラッピングされて詰め込まれている。ロウソクはケーキに立てる用の付属品で、アロマオイルはクリスマスをより良く演出するために添えてくれたのだろう。
プレゼントとは別に、ということで渡された手土産だけど、髪を編み込んだセーターよりよっぽど気の利いたプレゼントだと思った。私はアロマオイルを取り出して、匂いを嗅いだ。ほの甘いローズの香りが、びりびりと波立つ神経をすーっと和らげてくれる。
「あーーー……いい匂い」
一気に冷静になれそうだよ~匂いって大事だなあ~ああ~和む~
気を抜きすぎてしまったのか、するり―――私の両手からアロマの小瓶が滑り落ち―――パリン!―――小気味のいい音が響いた。
見てみると、パソコン本体の上でアロマの瓶が割れて、その中身を容赦なく滴らせていた。むせ返るようなバラの匂い……。再三、目が点になる。
「ま、まあまあまあ……拭けばいいんだもんね、拭けば」
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