第102話
トラブルの連続で、私も図太くなってきたものだ。これくらいじゃ今更慌てないもんね。
「拭くもの拭くもの……」
しかしアロマオイルを拭くものが見当たらない。私はとっさに、手近にあった書類の束でアロマオイルを拭いた。しょうがない、この書類に、アロマオイルを少しづつ染み込ませる作戦でいこう。私は書類でパソコン本体を覆った。紙がゆっくりアロマオイルを吸い取っていく。
「でもこれじゃいくらなんでもなあ……どっかティッシュないのかな」
ティッシュも大事だけど、色々あったもんだからお腹が減ってきた。それに、せっかくのクリスマスにこんなことしているのもの馬鹿らしい。私は美雪さんにもらった手作りケーキを取り出し、デスクにおいた。
「一人でクリスマスパーティーしーちゃおっと」
ケーキにロウソクをさしていく。小粋な赤いロウソクだ。
「さすが美雪さん! 美味しそう~!」
私はマッチを擦り、ロウソクに火を―――
「あっつ!!」
指に熱を感じ、思わず手を離す。すると、放り出されたマッチは宙に弧を描き―――ボッ!!
「…………」
アロマオイルをたっぷり吸い込んだ書類の束と、パソコン本体、モニターの頂上へマッチが落下し、一瞬にして赤い火を立ち上らせた。
バラの香りの炎。それがなんの、燃える燃える。私はまたもや目を点にしてその光景を見ているしかなかった。
バチバチ……メラメラ……。
ゆらゆらと揺れる炎の中に、このパソコンに向かって仕事をする主任の姿が映し出される。主任が連日徹夜をして―――部下に残業をさせないよう、一身にその責任を背負い―――せっせと積み上げてきた珠玉の結晶は―――たった今、徹底的に破滅された。
それはもう、自分でも惚れ惚れするくらいあっぱれな壊しっぷりだ。本体のデータが~とか、バッグアップが~とか期待できるレベルじゃない。
「……あはっ……あははっははははっはは」
もう笑うしかない。
「ははっ! 私ってば、はははっ、どんだけ主任のパソコンに恨みあるのよ! って
感じぃ~~~ぃあははは!」
私は燃え盛る火を指差して笑った(目はマジ)。しばらく空笑いをしていると、火は勝手に消えた。残されたのは黒焦げたパソコン達と、土下座したまま気絶している主任だけだ。
「はは……はは……はあ~…………」
火が鎮静すると共に、笑い声は深い溜息へと変わる。
「バックれちゃおっかなぁ……」
きっとこういう時、人はなにも言わず職場を去ったりしちゃうんだろうな。分かるよ、その気持ち。明日どんな顔して出社したらいいか分からないもん。罵倒と廃棄物をみるような眼差しの集中砲火は必須だもん。そんなの耐えらんないよ。それは逃げ出したくもなるよ。
「でも主任……」
気絶している男を横目に捉える。主任、頑張ってたもんなぁ。それでいて毎日短編小説並みのメールも送ってくるし、私の動向を細部まで把握しているし、私の仕事が拙い分はちゃっかりしっかりフォローしてくれるし……。
あれ? よく考えると、やばくない? 私ここをやめて主任から離れちゃったら、他の会社でうまくやっていけないんじゃない? そうだよそうだよ! なんとしても主任に仕事を終わらせてもらわないと……!
でも、主任は気絶しているし、肝心の仕事をするためのパソコンやこれまでのデータは大破している。どうすれば……。困り果てたそのとき、私はふと思い出した。
『あんたが今夜、会社に足を運び、そこで聖夜を祝う。そうすることで主任のモチベーションはみるみる上がり、作業スピードは格段にアップするはず』
主任のやる気を……。私はバッグからメガネを取り出し……かけた。よし……ここは一つ、美里の言葉にかけてみるか―――……。
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