第100話
「なるほど!」
「冗談ですよ」
「え」
「僕が他の女性を親しげに呼ぶのが嫌なのでしょう?」
……………………………………。
「はあ?」
図星をつかれたように感じたけれど、私は顔を歪めて悪態をついた。
「さすが詩絵子様、今のはこの場における最善の反応です」
「……意味が分かりません」
「つまり、この駄犬が他の者に懐いているように感じられて癇に障ると」
「言ってません」
「しかしそのことには気づいて欲しくないと」
「……ちが……違いますよ」
「なんとなく否定するけど尻すぼみになってしまうと」
「…………」
「おやおや、黙ってしまわれましたね」
「…………」
くっ……!! これが土下座してるやつの言葉なの!? いつだって踏んづけてやれるんだからね、こっちは! 絶っっっ対にしないけど!
そもそも主任って、こんな感じでたまに煽ってくるけど、それは怒らせて踏ませるのが目的なんじゃないかな、と思うんだ。
よしよし、ここは一つ主任が好みそうじゃない態度で接してみよう。主任って表の顔はモテモテだから、あからさまに好意があるように振舞われるのって、あんまり好きじゃなさそうだよね。裏主任としては罵倒された方が嬉しいわけだし。
「主任……いつまでそうしてる気ですか?」
デスクにもたれ、私は出来るだけ甘えた声になるよう努力しながら投げかけた。
「そうですね……仕事もあるので、そろそろこの愉快な快適タイムを終えなくてはなりませんが」
快適なんだ……。そんなに地面が落ち着くなら、いっそカーペットとかに生まれ変わったらいいのに。主任なら出来るんじゃないの? また人間離れした技つかってさ、限りなく細くなってさ、そんで編み込んでいくみたいな…………って! そんなことじゃなくて!
私は意を決して深呼吸をした。それからなるべく可愛らしい顔と声で話しかけた。
「でも主任、ずっとその体制でいられると、主任の顔を見れません」
「……」
「寂しいですよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
っは!っず!っか!っしい~~~~!!
「う、嘘です! 嘘です! 本当は主任の顔なんて見たくないです!! い、今のはっ! なんとなく言ってみただけで!」
顔にとろけそうな熱さを感じながら、腕をぶんぶん振って先の言動を無き者にしようとする。
「そうですか……」
やや間があって、主任は元気のない声を出した。
「いえ、詩絵子様がそのようなことを本心から仰るはずがないと分かっているのですが……また何かいたずら心が働いて、後先も考えずに思いつきで言ったことでしょうけど」
あら、よく分かってらっしゃる。
「すみません……冗談でも嘘でも、そんなことを言われては、引き続き、この快適タイムを続けないわけにはいかなくなりました」
主任の言い方が少し回りくどかったものだから、その言葉の意味を理解するのに、ちょっとだけ時間がかかった。きっと、主任も恥ずかしくて、きっと、さっきみたいに顔を赤くしてるのかな、って。
そのことに気づいてしまうと、ここに居座る空気さえもどかしく、気恥ずかしいものに感じられてしまって、私はどうしようもなくなって勢いよく立ち上がった。
「主任!! 本当に顔あげてくださいよ! 私がとっておきの面白い話しますか、らっ!?」
―――私は忘れていた。下駄の鼻緒がなぜか急に切れたことを。あまりに勢いよく立ち上がってしまったものだから、うまくバランスが取れずに思わず倒れ、ちょうど目の前にあるデスクの上に滑り込んで見事なスライディングを決めた。
その時に両手でデスクの上のものを落としたりずらしたりしたものの、最後にパソコンモニターに顔から突っ込むことで、スライディングは止められた。
「あ、ぶな……」
安堵の呟きを漏らすと同時、私の視界はあるものを捉える。デスクの上から、その半身をはみ出しているパソコンモニターだ。崖っぷちに立っているような非常に危うい状態で、重そうなモニターが―――ぐらり―――傾く。
そのまま落ちてしまえば、モニタの落下地点は(主任が狙ってその場所で土下座しているのかどうかは分からないけど)主任の後頭部……。
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