第95話


 でかでかと飾ってあって美雪さんの写真がなくなっている。そしてサンドラさんも消えていた。



「サンドラは今いないようですね。それでは詩絵子さん、隠れんぼの続きをしま……」



 不自然に言葉を途切れさせ、ある一点を見て美雪さんは動きを止めた。私もつられて見てみる。



「…………」



 パンツだった。床に落ちているパンツだった。たぶん、サンドラさんがかぶってたやつ。



「も、もしかして……その下着……」



 口元を覆い、美雪さんは顔を赤らめた。やっぱり美雪さんのパンツらしい。



「あの、その、美雪さ……」



 なにかフォローをしようと思ったけど、急に良い言い訳が思い浮かぶはずもなく私は口を空回りさせる。そもそも、なんでこの部屋に美雪さんのパンツがあるのか?それは私にとっても大きな謎なんだから、言い訳なんて出てくるわけがないよ。


 そうして慌てふためく私の背中を、ちょんちょんと何かがつついた。思わず振り返ると、ドアの裏に隠れて小刀を突き出すサンドラさんの姿があった。



「貴様が盗んだと言え」


「……え」


「よこしまな気持ちから美雪殿の下着を拝借したと謝罪するでござる」


「……」



 そ、それあんたじゃーーーん!!でもでも、それより刀!袴の懐からチラっと見せてるその刀はなんなの!こんな率直な脅しされたことないよっ!ていうかやっぱりよこしまな気持ちでパンツ被ってたんじゃん!!


 どうしよ……あのパンツ……。ちらりと横目にパンツを捉える。レースのついた小さく可愛らしいパンツは、恥ずかしげもなく床に横たわっている。


 私が犯人になるしかないの……?なんか……色んなものを失ってしまう気がするんだけど……。



「言え」


「私がやりました!!」



 背中に刀の感触が当たり、私は反射的に手を上げて叫んだ。



「すみません美雪さん出来心だったんです!!美雪さんみたいに綺麗な女性は一体どんな下着を履いているんだろうと思って……好奇心に勝てなかったんです~!!」



 ああ……終わった。


 私は一気に疲れてしまい、肩を落とした。警察にでも突き出されるんだろうか……牢屋の中って冷たいのかな……。


 美雪さんは、あっと驚いた顔をしていた。でも、すぐにちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んだ。



「詩絵子さん、そんなに気にしないでください。下着なら、まだ他にも持ってますから」



 み、美雪さぁん……!美雪さんって、こんなにいい人なんだっけ?ただのドエムじゃなかったんだね!


 思わず美雪さんに縋り付いて泣いてしまいそうに感動した。しかし、背後からの声に一瞬で感動が吹き飛ばされる。



「貰え」


「……」



 MO・RA・E……?





「この際じゃ。クリスマスプレゼントにその下着、もしくは美雪殿が現在使用中の下着を頂きたいと進言するのだ」


「……」



 KO・NO・SA・I……?


 ……もう言ってやろうかな……。美雪さんに、この場でチクったろうかな……。私の思考を読んだように、刀がぐっと背中を押した。



「言え」


「美雪さんよければあのパンツください!クリスマスなんでッ!!」



 くぅぁ~~~最悪だあ……。これじゃあ私は変態、もしくはただの変態だよぉ……。



「今履いてる下着も交渉するでござる」


「……」



 ブッ●ろすぞ!!『もしくは』って言っただろうがよッ!もしくはって言うのは、選択肢があるってことだろうがよッ!!


 グイ…っと無言の圧力として刀の感触が背中に当たる。



「言え」


「げへへへへっ、美雪たんが今履いてるやつも欲しいなあ、げへっ……!」



 もうこうなったらどうにでもなれだよっ!いいよもう変態って思われたって!


 恥も外聞も捨て去ってしまうと、美雪さんがどんな反応をしようと負担にならないような気がした。それでも美雪さんは、そんなに嫌な顔もせず、どちらかと言うと少し恥ずかしいような嬉しいような表情を浮かべて私を見た。



「詩絵子さんごめんなさい。今日は下着……履いてないんですよ」



 ………………………………………………。



 わあ~……引くわあ……。マジ…?ノーパン……?マジ?



 グイ。



「笑え」


「うへっ……うふぇふぇふぇっ、うける~ふぇふぇふぇふぇ」


「あ、詩絵子さん、すみませんけど、ここで少し待っててもらえますか?」



 狂ったように笑う私には構わず、美雪さんはやや慌てた様子で急にどこかへ去って行った。



「よいか詩絵子殿」


 美雪さんがいなくなったのを確認すると、サンドラさんは腕を組んで偉そうに私の横に立った。



「先刻のあれは美雪殿の気遣いじゃ。美雪殿はまっこと優しい心をもっておるからの。今現在身につけている下着を所望するという貴様の無茶苦茶な要求に、美雪殿はギャグで返した。まことにあっぱれでござる」



 ……ちょこちょこ『貴様』って言うよね、こいつ。なんかチクッとくるんだけど。



「ときに詩絵子殿、美雪殿へのクリスマスプレゼントも用意しておらんだろう」


「はあ、まあ……急だったもんで」



 早く帰りたいのもあり、ぶっきら棒に答える。するとサンドラさんはもの凄い剣幕で怒りをあらわにした。



「なにが急か!美雪殿は1ヶ月も前から計画を立て、プレゼントの用意を始めたのだ!『詩絵子さんとなにをして過ごそうか』、口にのぼるのはそのことばかりでござった!それを貴様……!よくもぬけぬけとそのような口を叩きおる!!」


「で、でもでもっ……今日パーティーする約束なんてしてな……」


「返事一本よこさなかったおぬしがよく言いよるわ!美雪殿は聖夜の計画について語らうため、貴様からのメールの返事を夜通し待っておったわ!」


「ひぃ~!」



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