第94話


「え……」



 どうしよう……入りたくない。そういえば、サンドラさんの声を聞いたのは初めてだけど……。



「サンドラさん……もしかして、女の人ですか?」


「うむ」


「そうなんだ……」



 すごい美男子と思っていただけに、ちょっと残念だった。まあそれ以上にパンツを被ってる姿が残念なんだけど。



「拙者は美雪殿の護衛もかねとるからな。女だとバレないため、外では声を出さぬよう努めておる。そのせいもあって挨拶が遅れて申し訳ない。サンドラと申す」



 真っ直ぐにこちらを見据え、サンドラさんは改まって挨拶をした。


 私は頭のパンツが気になってしょうがなかった。これだけ真摯に挨拶してくれてるのに、パンツ被ってるだけで全部台無しだよ。パンツって頭に被るだけでこんなにマヌケになれるもんなんだ……。


 ……ていうか何なのこの人!?キャラ濃ッ!


 色々とツッコミどころ満載だけど、私の本能は彼女が危険人物であると警報を告げていた。スルーだ。今は変わった話し口調も、でかでかと飾ってる美雪さんの写真も、パンティーも全部スルーするのだ。


 帽子。そう、これはパンツ型の帽子なのよ。前衛的なファッションとして、今季大流行が予想される最先端の帽子なのよ。大丈夫、変態なら主任で慣れっこじゃないの。



 そう言い聞かせ、ぐっと拳を握る。サンドラさんの言う説明が何を解き明かすためのものかは分からないけど、とにかくうんうん頷いて、さっさと話を済ませてしまおう。



「しかし呼び止めておいてなんだが、説明と言ってもどこから話せば良いものか……いかんせん口下手でござるからなあ」


「はあ」


「そうじゃそうじゃ、あの話しからにしよう。その昔、美雪殿はたいそう可憐な少女じゃった」


「……」



 うっわー。この話し出し……めっちゃ長くなりそう……。


「もちろん今も可憐なんだがのぅ、もうちっとこう……小さくての、ほっぺたがぷっくらしてての、手なんかこーんな、もみじみたいでの」


「……はあ」


「髪は黒く真っ直ぐで、お雛様のようでの、背筋はしゃんと伸び、たたずまいが優雅での……まあ美雪殿は茶道にも精通しておるし、当然と言えば当然なのだが」



 サンドラさんは誇らしげに顔を緩めて「カッカッカッ」と笑い、延々と美雪さんを褒め称え続ける。


 どうしよう……口下手とかのレベルじゃないじゃん。話の本筋が全く見えてこない。これじゃあ足踏みだよ……。一歩も動いてよ……。もうちょっと前に踏み出そうよ……。



「あ、そういえばサンドラさん!」



 話をぶった切るため大きな声を出し、私はパン!と手を叩いた。



「実は私、美雪さんとかくれんぼしてる真っ最中なんですよ!」


「かくれんぼ?」


「はいそうなんです!だから早く隠れないと見つかっちゃうので!」


「かくれんぼか……」



 ポツリ呟き、サンドラさんは俯いて背中を丸めた。



「いいなぁ……」


「……」



 いいなぁ……?あれ?さっきまでのござる口調は?


 そういえば、幼いころはよく一緒に遊んだって、美雪さん言ってたっけ。



「いや、今のは聞かんかったことにしてくれ。拙者、主従の身分をわきまえんほど不束者ではござらん」



 丸めた背中をしゃんと伸ばし、彼女は言い訳するみたいに言った。


 どうしよ……これってツッコミ待ちかな……?主従の身分をわきまえたはずのサンドラさんは、おそらく美雪さんのパンティーをいまだに被ってるわけだけど……。そもそもさ、見つかった時点でまずパンツ取るよね?


 言っちゃおうかな……?そろそろ突っ込んじゃおうかな……?



「あの~……一つ気になるのですが、その頭に被っておられるものは、もしかして美雪さんのパン」


「女同士だからいい」


「ひっ」



 彼女は疾風のごとき素早さで私の肩を掴み、すごい剣幕でこちらを見下ろした。



「女同士だからいいに決まっておる」


「は、はい!そうですよね!」


 素早く同意すると、彼女は手を離して「そもそもこれは、美雪殿の変化を常に把握しておくための、いわば仕事の一環でござるからな」と頷きながら一人で納得した。


 ど、どういう理屈よ!一体パンツからどんな情報を得てるのよ!しかもあんた、『はあはあ』言いながら被ってたじゃん!!


 そこまで一息にまくし立てたくなったが、私はすぐに落ち着きを取り戻した。


 ……ま、いいや。ストーカーみたいな美雪さんが執事にストーカーされている。うん、私には何の関係もないね。



「それじゃあサンドラさん、私はそろそろ失敬するでござるので」



 よしよし、このまましれっと帰っちゃおう。私は何も見てない……私は無関係……。小さく呟きながら入口に向かい、そーーー……とドアを開いた。



「詩絵子さん、みっけ」


「!!」



 飛び上がって驚いてしまいそうだった。ドアを開いた先に、美雪さんが亡霊のように佇んでいた。



「み、美雪さん……」


「隠れんぼ、楽しいですね。でも私は隠れる方が得意みたいです」



 ……だろうね。



「そういえばここ、サンドラの部屋ですね。明日の予定が少し変更になりそうなので伝えたかったのだけど……サンドラ?」



 何気なく、美雪さんは中を覗き込もうとする。その行動に、ひやりと背筋が凍った。


 や、やばいじゃん!あいつパンティー被ってるよ!でかでかと写真飾ってるよ!さすがの美雪さんもこれ見たら、かつてないほど顔を歪めて『キモッ』の一言くらい言っちゃうよ!私は関係ないけど色々とやばいじゃん!



「あーいや、その……サンドラさんは……ちょっと~……その……」



 しどろもどろで目を泳がせつつ、ちらりと部屋の中を振り返る。



「あ、あれ……?」



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