第83話
「心配不要です、詩絵子様。詩音様の居場所は把握しています」
主任は冷静に、カメラのレンズを磨く。
「そうなんですか?」
「昨今は少女を狙う悪質な犯罪が多いですからね。発達途上の少女に特別な思いを馳せる不埒な輩が大勢います。そういう輩から可憐な少女を守るべく、常に居場所を把握する。これくらいは当然のことですよ」
少女に特別な思いを馳せる不埒な輩?
「あの、主任」
「なんでしょう」
一応、確認のために、私は主任の顔を覗き込んで尋ねた。
「主任は違いますよね? そういう変態たちとは……」
「…………」
!! 黙った……!
「……詩絵子様、ギリギリなんですよ。罪を犯すか否か、ギリギリの理性と社会的責任が鍵を握るのです。犯罪者と一般人、その境には高くそびえる壁があるように感じられるかもしれませんが、その実ひじょうに曖昧であやふやなものです。……ギリギリなんですよ」
語るなっ!!
「それより主任、詩音はどこにいるんですか? それに、変な脅迫電話もかかってきたんですけど」
「さっき確認したところ、詩音様は一階の広場付近にいますね。汐崎朔くんの反応もあったので、一緒にいるのでしょう」
チビ朔じゃないけど、思わず目が点になった。
え? なんでチビ朔の位置まで……。もしかして、チビ朔のことも……?
「あの、なんでチビ朔の居場所まで……?」
今度は一歩引いて尋ねる。
「詩絵子様、詩絵子はご存知ないかもしれませんが、世の中にはショタコンと呼ばれる不埒な輩がいます。つまり成長途中の少年に対し、愛情や執着を持つ者がいるのです。汐崎朔くんは詩絵子様と同じく、成人していながら子供らしい容姿を持つ特殊な人ですから、彼に目をつけているショタコンは間違いなく一定数います。彼も注意しなくてはなりません」
「……へえー……」
ま、いっか。ちょっと驚いちゃったけど、なんせ主任だもん。これくらいのことに驚いてちゃこっちの身が持たないよ。よくよく考えてみれば、チビ朔が主任の監視下に置かれてたって、私に不都合はないわけだし。
うん、モーマンタイ。
「それじゃあ行きましょう、主任!」
「イエッサー!」
私たちは駆け出した。走りながら、私は主任を振り返って問いかけた。
「そういえば主任、土下座を要求されてるんですけど、土下座のスペシャリストの主任からなにかアドバイスありませんか? あの屈辱的なポーズを人前で披露するときのコツとか」
主任と私とでは精神力の出来が違うから、主任に聞いても参考にはならない気がするけど。
主任はそっと胸に手を当てて答えた。
「コツなんて必要ありません。詩絵子様、心のままにひれ伏せばよいだけなのです」
予想通り参考にならないな。
ていうかさ、私が土下座する必要あるかな? だって詩音が悪くない? 主任のこと呼び捨てにするんだよ?
一階の広場についたとき、すぐに詩音を見つけた。
「あ! 美里もいる!」
三人は柱に隠れてソフトクリームを食べながら、広場の様子を伺っていた。
「彼女までいるとは……これは予想外です。では、僕は離れて様子を伺いますので!」
主任はシュバッ!と一足で何処かへ消えた。
あんたは忍者かっ!!
私は後ろからこっそり近寄り、すばやく詩音の首に腕を回した。
「わっ」
「こら詩音~~~勝手に一人で走ってっちゃダメでしょ~~~」
「は、離してよチビ!」
「チビ!?」
腕の中で、詩音はジタバタと短い手足を振り回して暴れる。
「チビがチビなんて言うもんじゃないでしょ! あんたの方がよ~~~っぽどチ」
「てんちゅうーーーー!!」
「ぶげっ!!」
美里の正拳を食らい、私は吹っ飛んだ。
「あんたが悪い!! こんな子供相手にムキになって恥ずかしくないわけ!? このお子様ランチ!」
美里は詩音を腕に抱きかかえる。詩音は詩音で美里にしがみついて、まるでか弱い子供みたいに私を見た。
むっか~~~。
「なんで美里が詩音の味方するの! おかしいじゃん!」
「私は全部見てたんだからね! 私たちに会ったから良かったけど、本当に誘拐されたらどうするつもりなのよ! あんた一生悔やむでしょ! ちょっとは反省しなさい!」
くぅ~~~……正論すぎて言い返せないじゃん!
返す言葉が見つからず、私はソフトクリームを舐めているチビ朔へ顔を向ける。
「チビ朔も共犯なんだ」
「誘拐作戦は俺の案だよ。びっくりした? 電話したのオレオレ。ほら、これをこうやって吸って……変な声になんのっ、おもしれーだろ?」
ヘリウムガスを吸って、ノリノリでノイズがかった声を出す。どうやらチビ朔はどっちの味方というより、面白そうだから乗っただけらしい。
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