第77話
「詩音! いくよ!」
「どこ行くの?」
「いいからこっち!」
私は詩音の手を引いて、勢いよくカーテンを開き、窓を開け放した。
「おはようございます」
そこには、うやうやしく頭を下げて待ち構える主任の姿があった。
「……」
まあね? 今更これくらいじゃ驚かないけどね?
「だーれ? しえ姉ちゃん、この人誰なの?」
詩音は私の手を引いて、私と主任を交互に見る。主任はゆっくりと視線を下げてその目に詩音を映し、ハッと目を見開いた。
「タイムリープ……」
放心して主任は言った。なに言ってるのこの人。
「タイムリープが……可能に……? 6歳の詩絵子様が……そのまま、ここに……」
詩音を見つめながら、主任はふらふらと中へ入ってくる。
うわー……完全に魂吸い取られてる……。
ていうか、6歳の私を見たことあるような口ぶりじゃん? 写真入手してるんじゃないでしょうね?
「主任? 主任? 大丈夫ですか? この子は詩音ですよ、櫻詩音。清水詩絵子はこっちです」
とっさに、詩音を自分の後ろへやる。主任はゆっくり私と詩音を見比べて、なにか気づいたふうな顔をした。
「失礼ですが、あまり成長されなかったんですね」
「ほんとに失礼ですね」
詩音は不思議そうに私と主任を見上げている。
まあとりあえず、見つかってしまったものはしょうがない。主任のこと紹介するしかないか。
「詩音、この人はしえ姉ちゃんのか……」
言いながら、あることに気づく。主任って、私のなんなの? 彼氏? 上司? どっちも正解だけど、なんか違和感あるな……。
首をひねる私をよそに、主任は小さな詩音の前に膝まづいて視線を合わせた。
「はじめまして。僕は詩絵子様の忠実な家来、向井帝人と申します」
な……! なにその自己紹介! そんなの現代日本で聞いたことないよ! 子供だから容赦してくれると思ったのに、ドエム全開できたじゃん!
「家来?だからベランダにいたの?」
詩音はぽかんとして主任を眺めている。
「その通りです。僕はあなた様の家来でもあります」
「え?」
「僕が家来で、あなたがお姫様。なんなりとお申し付けください」
主任は手のひらで丁寧に詩音を示す。詩音は目を丸くして「詩音が?」と反復した。
「ええ」
詩音は嬉しそうなキランキラの瞳を下に向けて、少し照れくさそうにした。
「お姫様ごっこかぁ。詩音、やってもいいけど……」
どうやらそういう遊びと思ってくれたらしい。そして乗り気だ。しかし嬉しそうな少女に反し、主任は眉根を寄せて怪訝とし、地獄からのうなりのごとく低い声をだした。
「ごっこ……?」
な、なんて険しい顔すんのよ! 部下を叱るときだって、ここまで厳かな顔しないじゃん!!
「主任! それで遊びましょうよ! お姫様ごっこ! 楽しそうだなあ~」
「ごっこ……そうですね。まあ今は」
まあ今は……?
お姫様ごっこということでとりあえず落ち着き、主任はその大きくて平たい手のひらを詩音へ差し出した。
「さあ姫、お手を」
この時の主任といったら、それはそれは、とろけるように高貴で爽やかな笑顔だった。詩音は少し恥じらいながら手を重ねる。
少女の前にかしずき、手を差し出す姿は、一枚の絵画のようにまとまっていた。詩音の服がドレスに、背景に白馬が見えるようだ。
ああ……落ちたな。この人と結婚する!って言い出すパターンだよ。子供って簡単だなあ。いや、子供じゃなくても今のはトキメクのかな?
ていうか……あれ? なんかこれ、ムッとするぞ。モヤモヤするっていうのかな。胃もたれのときみたいな重い感じ。
奇妙な一抹の不安はあるものの、私たちのお姫様ごっこは開始された。
「詩音これ欲しいー! このゲームすごく楽しそうなの!」
「すぐに買ってまいります」
「ダメーーー!!」
クリスマス仕様に変身した、ショッピングモールのおもちゃコーナー。ゲームを手にする詩音を、慌てて諌める。
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