第76話
「お、伯母さん……やっぱり詩音を預かるのは、やめた方がいいような……」
なんだか嫌な汗までかきながら、私はそーっと顔を上げる。伯母はすぐに咎めた。
「なに言ってんのよ今更。すぐ出発しないといけないんだから。この子の分、予約取ってないし」
「いや……それはそうなんだけど。私の近くにはかなり危険な人がいるというか」
「もう。直前になって不安になったの? 詩音も6才だし、身の回りのことは大抵できるから。あ、もう行かないと。じゃあ詩音、いい子でいるのよ」
「え、そんな……! 本当に……」
伯母さん腕時計を見て、せわしない様子で詩音の頭を撫でた。詩音は「はーい」とものぐさげに手を上げる。
「お、伯母さん!」
私の声を背に、伯母は颯爽と去っていった。
―――こうして、かなりの不安を孕んだ私と詩音の短い共同生活は開始した。
「詩音。いい?」、辺りを見回してから家に入り、私は慎重に声のトーンを落とした。「静かに聞いてね。どこで聞かれてるか分からないからね」
「はあ? なにを?」
「なにをって、この会話をよ」
詩音はきょろきょろと辺りをみて、バカにするみたいに変な顔をする。
「誰もいませんけどー」
「……ほんと生意気だなこのガキは」
そもそも子供と二人で二日も過ごさないといけないっていうのがすでに面倒なのに、危ない変態の監視をかいくぐり、なんとか詩音の存在がバレないようにしないといけないっていう、面倒だらけの任務なんだからね、これは。
子供には分かんないだろうけどさ。
そう……。こんな生意気な子供だけど、私の従姉妹だ。小さい頃から知っているし、成長を見ている分それなりに愛着もある。
とにかく二日間は遠出して、なんとしてでも主任にバレないようにしないと……!
「いい? 詩音。これか」
ピンポン。
言いかけたところで、どこか急ぎ足のチャイムが鳴る。私は弾かれたように顔を上げた。
「…………」
はっえーーーーッ! 絶対に主任だ! 見なくても分かる! なんなのよこの速さは! 幼女アンテナ凄まじい! さては隣の部屋にいたな!? そして聞いていたな!?
ピンポン、ピンポン、ピンポン。
連続してチャイムが響く。主任がこんなにチャイムを鳴らすなんて珍しい……。これはかなり、詩音に興味を示しているとみた。
「しえ姉ちゃん、おきゃく」
「しっ! 静かに!」
私は詩音の口を塞いで黙らせ、部屋の奥へと手を引いた。
「お客さん来てるの、詩音でれるよ」
少しつたない口調で、少女は私を見上げる。私はゆっくり首を振った。
「いいの。出ないでいいの」
「なんで?」
「……なんで?」
訪ねてきてるのは、自分をいじめてくれる少女を求める変態だから、なんて説明するわけにもいかないし……。
「詩音。しえ姉ちゃんの家の前には、怖い怖い鬼がいるの。ガオー!って、食べられちゃうんだから!」
頭に指を立てて、鬼を表現する。詩音は鼻で笑った。
「そんなんいるわけないじゃーん。詩音知ってるもん、鬼なんて本当はいないんだよ」
「……」
くっそ~! なによ、6才ってこんなに生意気なもんなの!? おとなしく怖がりなさいよ!
「幼稚園の先生が鬼のお面つけてるだけだもん。詩音、ぜぇーんぜん怖くなかったんだから」
「はいはいはい、そうですかー」
もう面倒だ。そもそも子供って苦手なんだよ。
でもどうしよ。一応守らないとだし……。そうだ! ベランダから今井のおばちゃん呼んでみよう! あわよくばベランダを渡って、おばちゃんの家からこっそり脱出させてもらえるかも!
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