第78話



「なんでー! 欲しい!」


「あんたいくらするか分かってないでしょ! そんな高いもの勝手に買い与えたら、私があんたのママに怒られるんだから!」


「クリスマス前ですし、多少はいいじゃないですか」



 主任は穏やかに仲裁する。クリスマス前って……あんた絶対、半年前でもそれ言うでしょ!



「とにかくダメったらダメ!」



 詩音はただでさえぷっくりした丸い頬を、更に膨らませて口を尖らせた。



「帝人はいいって言ってるのに」


「!」



 帝人……って、私だって名前で呼んだことないのに。会社で恐れおおのかれる鬼主任を、このガキが呼び捨て……?



「あんたね~調子乗りすぎでしょ~~~!」



 ほっぺたをつねり上げる。詩音は顔を歪めて「いだッ」と私の手を叩いた。



「痛い! もうしえ姉ちゃんキライ!」


「私だって詩音キライ! わがままばっか言っちゃってさあ!!」


「詩絵子様、これなんかどうです?」



 見ると、主任は大きな箱を抱えていた。カラフルな箱の表には、中身の商品が載っている。私と詩音はぐっと顔を寄せて、前のめりにそれを見た。



『わたがし?』



 わたがしをつくるおもちゃだった。いや、おもちゃというには完成度が高すぎる気がする。とにかくその機械さえあれば、家庭で手軽にわたがしをつくれるというものだ。



「すっごーい! これいいじゃん! 詩音! これにしなよ!」



 私は一目ですっかり気に入った。やっぱり主任は、私の好みをがっちり理解してんのね!



 家にいながらして、あのお祭り気分を味わえるなんて素敵。部屋中に甘く香ばしい匂いが充満して、入道雲みたいにふわふわのわたがしをかじる。


 すると甘い甘い砂糖の味が、口いっぱいに広がって……よだれを垂らして綿菓子機を抱える私を、詩音はばっさりと切り捨てた。



「えー詩音ゲームの方がいい」


「……は……」



 そんな……! これ欲しいけど高いのよ! 子供のプレゼントにかこつけて買ってもらうくらいしか、私がこれをゲットする道はないんだから!



「でもでも! これ見て! いろんな色の砂糖が付属されてんだって! ピンクのとかオレンジのわたがしとか食べられちゃうよ!」


「え~?」



 眉を歪めて、詩音は胡散くさげな目を向ける。よしよし、ここは私の口車で……。



「ふっふっふ、詩音ちゃん。実はね、今まで隠してたけど、しえ姉ちゃんはわたがしをつくるプロなんだよ」



 胸を張り、ドンと拳を当てる。



「わたがし機さえあれば! くまさんでもうさちゃんでも! 自由自在に形をつくりかえられる! マジックハンドわたがし創造主とは私のことよ!」






「ありがとうございましたー」



 愛想のいい店員に見送られ、詩音は綺麗に包装されたゲームを手にスキップし、満面の笑みでおもちゃコーナーをあとにした。


 私はその小さいけれども偉大な背中を、呆然と見ていた。それから、胸に抱えていたわたがし機を、そっと元の場所に戻した。


 まあそのような感じで、その一日は詩音に振り回されっぱなしだった。



「詩音が歌うの~~~!」


「私が先~~~!」


「まあまあ、お二人で歌える曲を選びましょう」



 カラオケに行けば、どっちが先に歌うかで揉めて。



「こっちのサンタさん乗ってるのがいい!」


「やだ! クリスマスケーキはノエルって決めてんの!」


「本物の姉妹のようです。似ているといがみ合うんですねー」



 ケーキ屋に行けば、好みの不一致で論争。



「もう飽きた」


「次いこ」


「はい、ただいまっ!」



 イルミネーションを見に行けば、1分で飽きてしまい。




「いやだ~~! 帝人は詩音と滑るの!」


「わ、私だって主任に捕まってないと立てないんだから!」


「お任せください。二人くらい支えられますので」



 スケートに行けば主任の取り合いになり、洋服を見に行けば、どっちの服を見るかでケンカになる。



「もうッ! 詩音つまんない! しえ姉ちゃんばっかりずるい!」


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